新人戦、全日本学童予選、都知事杯と“東京グランドスラム”を船橋フェニックスが達成した。第47回東京都知事杯フィールドフォーストーナメントの最終日、準決勝に続く決勝で前年度優勝のレッドサンズに10対5の勝利。主将が体調不良でダウンも、従来からの複数ポジション制と控え選手で十分に穴埋め。重量打線も3本塁打など、大目標の日本一へ弾みをつけた。真っ向勝負で散ったレッドサンズは、全国大会と同時期の関東学童へ出場する。
(写真&文=大久保克哉)
※記録は編集部、本塁打はすべてランニング
優勝=初船橋フェニックス
準優勝=関東学童へ
レッドサンズ
■決勝
◇7月15日
◇スリーボンドスタジアム八王子
レッドサンズ
20012=5
5112 X=10
船橋フェニックス
※5回時間切れ
【レ】大熊、中田、高橋-杵淵
【船】松本、木村、吉村-竹原
本塁打/半田(船)、高橋(船)、吉村(船)
昨年はレッドサンズが全日本学童予選と都知事杯の2冠、新人戦は船橋が初優勝。新チームになっての対戦は初めてだった。レッドは登録21人(下)、船橋は同15人(上)
都知事杯を掛けたファイナルで、新旧の王者が激突。意外にも、新チームとなってからは初めての顔合わせだった。ともにダブルヘッダーの2試合目ながら、先発のマウンドにはエース格の右腕をそれぞれ送り出した。
後攻の船橋フェニックスは松本一、先攻のレッドサンズは大熊一煕。ともに世代を代表するレベルの選手だ。
そしてこの大一番をより盛り上げたのは、前年王者のレッドだった。直近1年の実績では大きく水を開けられているものの、昨夏の全国銅メダリストも何人か残る。気後れも遠慮もなかったことは、佐藤公治監督の試合後のコメントからもうかがえた。
「ウチはチャレンジャーのつもりでいきました。初回の攻撃は良かったですね」
1回表、レッドは中田(上)と高橋(下)の連打に盗塁、敵失で2点を先取する
準決勝でサイクル安打を達成した二番・大熊は1回表、高く弾むゴロで6打席連続ヒット(準々決勝第3打席から)をマーク。その後、けん制に誘い出されて憤死も、準決勝で一発を放っている三番・中田静がすぐさまレフトへクリーンヒットを放ってみせた。
「追い込まれるまでは緩いボールを捨てて、ストレート狙いでいたら好きなコースに来たので振り抜きました」
こう振り返った中田は大熊と同様、昨夏の全国大会5試合をフィールドレベルで体感。それが自身の心構えにもチームにも生きているという。
「すごい応援の中で、試合に入るチームのムードとか、ベンチのみんなの協力とか。先輩たちから学んだことを同じようにできるように意識してきました」
レッドはその中田に続き、四番・高橋勇人も左前打で二死一、三塁に。さらに走って二、三塁とすると、次打者の内野ゴロが敵失を誘い、一気に2対0と先制した。
マジメな変幻投法
船橋の先発右腕・松本一は自責点0ながら、初回に被安打3で2失点は珍しい。加えて、遊撃を守る長谷川慎主将が体調不良でベンチへ退き、松本は2回から遊撃へ入ることに。これらの不穏がどう影を落とすのか――。
結果として、どこにも影は見当たらなかった。都下では依然として無双状態。1カ月前には2年連続の全国出場を決めている絶対的な王者は、真っ向から堂々と太刀打ちしてみせた。
1回裏、船橋は七番・半田が逆転満塁弾(上)。八番・高橋も右中間への本塁打で続いた(下)
「勝つのは当たり前と思っているので、勝ち方というか内容を意識しています」と語る松本が1回裏、一死から中前打。すかさず二盗を決めると、三番・竹原煌翔が左へタイムリー。続く四番・濱谷隆太が四球を選んだところで、レッドは三塁を守っていた中田をマウンドへ。
船橋は五番・吉村駿里の特大飛球で、三走がタッチアップできず。レッドの5年生の右翼手・久保俊太のファインプレーだったが、攻め手とすれば走者とベースコーチのボーンヘッドだろう。しかし、七番の半田蒼馬がそれも帳消しにしてみせた。
「とにかく逆転したいと思って。そういう強い気持ちで打席に入りました」
二死満塁でバットを振り抜くと、白球は左翼手の遥か後方へ。これが逆転ホームランになると、続く高橋勇人も右中間を破るホームランで6対2とした。
レッドは1回裏の長い守りを中堅・大熊のスーパープレーで終えた(上)。船橋は2回から木村がマウンドを我が物顔とし(中央)、3回には松本の三塁打(下)から加点
2回からは船橋の木村心大がマウンドで躍動する。ノーマルに上から投げても十分な球威だが、横から投げたり、打者に背番号を見せるトルネード投法だったり。あれこれしつつ、4回まで散発の4安打1失点とゲームをつくった。
「最近は調子があまり良くなったので、ちょっと緊張もしてたんですけど、ストライクもバンバン入ってくれて良かったと思います」と振り返った変幻右腕に対して、木村剛監督は父の顔でコメントしている。
「あんな投げ方はぜんぜん教えてませんよ(笑)。まぁ、野球しかやってませんので、あれくらいやってもらわないと困ります」
攻めては長打攻勢で小刻みに加点。4回裏、吉村の2試合連続となる2ランが決定的なダメ押しとなった。
4回表のピンチを4-6-3併殺(上)で脱した船橋はその裏、竹原の三塁打(中央)と吉村の本塁打で10対3とする
「船橋はやっぱり、強かったです」
レッドの面々は、試合後の第一声がほとんどこれだった。
初対決とあってインパクトもあったのだろう。だが、失策は船橋と同じ1、ヒット数は船橋より1本多い9本。2回からビハインドでも、諦めたような空気も抜いたプレーもなかった。
レッドのベンチも最後まで活気があった。5回表には5年生の山本が代打で適時三塁打(下)
4回表には大熊の適時内野安打で1点。経過時間から最終回となった5回には、5年生の代打・山本新一郎が左打席からタイムリー三塁打など、収穫もある一戦だった。そして試合後には、8月17日からの関東学童大会出場も決定。本来は都知事杯の優勝チームが出るが、船橋は同時期の全日本学童大会に専念するために辞退している。
船橋は全日本学童予選に続く大会初制覇で「東京グランドスラム」の三冠王に。大会MVPには準決勝で先制2ラン、決勝では満塁逆転ホームランを放った堅守の二塁手・半田が選ばれ、副賞の『オーダーグラブ券』が贈られた。
〇船橋フェニックス・木村剛監督「昨日の準々決勝も簡単には勝てなかったし、今日の決勝も先制される展開。全国大会につなげる意味でも、良い勉強になったかな。序盤で体調不良者が出ましたけど、途中出場した神田と近藤もちゃんとできていたあたり、チームとして力もついてきているなという気がします」
●レッドサンズ・佐藤公治監督「船橋は強かった。正直、手の打ちようがなかったですね。ヒット数は上回りましたけど、効率の悪さと長打力の差が出た感じ。でも、子どもたちの頑張り、特に打撃面の成長がありますので、船橋から出場権を引き継いだ関東大会もどんどん攻めます」
―Pickup Hero❶―
「気持ちが出ました」ワンバンで98mフェンス超え!
かんだ・さくたろう神田咲太郎
[船橋6年/外野手]
重量打線の船橋に、こんな″隠し球″までいたのか!? スタジアムがにわかに騒然としたのは、3回裏が始まってすぐのことだった。
2回の守りから左翼に入っていた背番号7、神田咲太郎の初打席。その2球目だった。102㎞の速球をジャストミートすると、左翼線方面に飛んだ打球がワンバウンドで両翼98mのフェンスの向こうへ。これには木村剛監督も他人事のように驚いたという。
「びっくりしました。神田はパンチ力ありますね」
それでもレギュラーになれないのは、スタメン9人のレベルがあまりにも高いせいもある。だが、神田自身にも課題があると指揮官は指摘した。
「消極的で結果につながらないんです。たまに代打で出ても、いつも初球のストライクを見逃す。『もっと一発目からいっていいんだよ!』と言ってはいるんですけどね…」(木村監督)
久しぶりの打席で印象的な笑顔(上)。そして2球目をジャストミート(下)したが…
大事なこの決勝で、神田はついに実行した。あの痛烈な打球は、初球ファウルチップに続く2球目だった。だが、打ち返した白球が跳ねた場所はフェアゾーンではなく、打ち直しで捕邪飛に。4回の第2打席も二飛に終わるも、左翼守備では4本の打球を無難に処理してノーミス。試合後は軽く上気している感じだった。
「(心の中では)やっぱり、試合に出たいですね。あの打席もファウルもうれしかったし、気持ちが今日は出ました」
試合中は一塁コーチ(=上写真)やボール係など、ド派手なチームに地味に尽くす姿が従来から見られた。練習はもちろん、レギュラー組と変わりなく取り組んでいる。
「一番は試合に出るみんながやりやすいようにと考えて動いています。全国でも出番が来たら、初球からいってヒットを打ちたい。出番がないときは同じようにチームが勝てるようにサポートしていきます」
また神田と同じく、裏方で尽力する近藤錦(=上写真)は5回の守りから右翼へ。そしてウイニングボールをグラブに収めている(=下写真)。
「(最後の右飛は)緊張していて心臓がヤバかったけど、コーチとかのノックで鍛えてもらったおかげで捕れました。試合に出られないときも、チームのためになりたいなと思っているので自分のできることをすべて頑張っています。代打でも守備固めでもいいし、全国でも野球ができることに感謝して1球1球に集中していきたいと思います」
神田も近藤も、チームが最終目標とする全国制覇に欠かせぬピースに違いない。優勝インタビューの順番を黙って2人に譲った主力組の行動も、暗にそれを物語っていた。
―Pickup Hero❷―
140㎝30㎏で一発も!ハイポテンシャルのキャプテン
たけざわ・りつし竹澤律志
[レッド6年/遊撃手]
レッドサンズは昨年まで3年連続で全日本学童大会に出場してきた。1年上の先輩たちは3位に入り、東京勢として初めてメダルに輝いている(※翌日に不動パイレーツが銀メダル)。
当時から準レギュラーだったのは大熊一煕と中田静。経験値もパンチ力も抜けている2人だが、冬場になって佐藤公治監督が主将に指名したのは、竹澤律志だった。
「プレッシャーはもちろんあったんですけど、新たな挑戦というか、自分たちももう1回行くぞ! みたいな感じでキャプテンをやってきました」(竹澤)
4年連続の全国の道は閉ざされたものの、前年度優勝枠で出場した都知事杯はファイナリストとなって体面を保った。140㎝30㎏の背番号10が、大きく見えたのは筆者だけではないだろう。
準決勝では3打席すべて出塁(2四球と犠打エラー)で2盗塁。準決勝では左翼手の頭上へ、糸を引くようなライナーの2ラン(=上写真)に始まり、意図した内野ゴロで三走を生還させている。
「流れに乗ったらどんどん攻めていく。この大会は攻めて勝つという、自分たちの野球ができたと思います」
機敏な動きは遊撃守備でも光り、ポテンと落ちそうな後方のフライも苦にしない。状況を読みながら内外野を動かす様は、まさしく司令塔だった。
「竹澤をキャプテンにしてムードが変わったんですよ。能力も高いし、間違いなかったなと思います」(佐藤監督)
決勝は大差で敗れたものの、仲間に声を掛け続けた。自らは第1打席で四球を選び、第2打席で左前打を放っている。
「船橋はやはり、ボクたちより打力がひと回り上という感じでした。打撃の大事さをまた改めて知りました。関東大会でも自分たちの持ち味を出せるように引っ張っていきたいです」