【2025注目の逸材】
いしみつ・かなと
石光奏都
[福岡/6年]
かなだ
金田ジュニアクラブ
福岡ソフトバンクホークスジュニア
※プレー動画➡こちら

【ポジション】投手、捕手
【主な打順】三番
【投打】右投右打
【身長体重】166㎝64㎏
【好きなプロ野球選手】柳田悠岐(ソフトバンク)、城島健司(元ソフトバンクほか)
※2025年11月20日現在

九州で16人の精鋭に
「受かったばい」
スマートフォンを見ていた父親のひと言で、「ヤッター!!」と声を挙げたのは、3年生の弟のほうだった。
「自分はマジかっ!?と思いました。すごくうれしかったけど、(父子3人で)コスモスで買い物中だったので、声は出しませんでした(笑)」
それは石光奏都が、福岡ソフトバンクホークスジュニア(以下、ホークスJr.)に選ばれたことを初めて知ったときのエピソード。8月半ばのことだった。ちなみに「コスモス」とは、全国に約1500店舗ある総合ドラッグストアである。

福岡の名門、金田ジュニアに父子3人で所属。写真㊤左から2番目が石光で、「生まれたときから大きな子でした」と語る父・清敏さんは29番のコーチ(写真㊦右)

年末のNPBトーナメントに挑む、各球団のジュニアチームは16人編成。ホークスJr.は20人のメンバーを選出し、活動をしながら16人に絞り込んで大会へ。最後に漏れた4人は、サポートメンバーになる。
最終候補の20人に残るだけでも至難であり、栄誉。九州全域を対象に、3次もの選考を経ているのだ。石光はその後、16人の登録メンバーにも選ばれた。つまりは「4次選考」もパスしたということになる。
現在は水木金はチーム練習、土日はホークスJr.へ。「月曜日は習字に行って身体の疲れをとって、火曜日は野球塾です」

2025年を迎えるにあたり、石光は2つの目標を立てていた。
「県大会(全日本学童マクドナルド・トーナメント予選)で2連覇して夏に日本一になることと、ホークスJr.に受かってNPBトーナメント(年末開催)で優勝すること」
全国出場とNPBジュニア入り。どちらも、毎年の新6年生が抱く夢の最大公約数だろうが、多くの選手にとっては夢のまた夢の世界に近い。けれども、石光には決して高過ぎるハードルではなかった。何しろ、この選手は2025年の学童球界の主役候補だったのだ。それも筆頭格と思われた超逸材だ。



全国8強の実績もある金田ジュニアクラブで、3年生からトップチームに入り、4年生から正捕手に。相手が6年生でも、簡単には走らせなかったという。
「学校のタブレットで打ち込みとか集中してやっていたら視力が0.2に。(5年生から)メガネをしたら、ボールもめっちゃ見えるようになりました」
右へ左へホームランを打ちまくり、ここ2年で70本超。その名は県外へも広まりつつあった。そして一躍、株を上げて全国区となったのが、昨年8月の全日本学童大会だった。




16年ぶり2回目の出場となった金田ジュニアは、初戦の2回戦で敗退。しかし、4強入りすることになる不動パイレーツ(東京)との一戦は、学童球史に残るような『名勝負』だった(※リポート➡こちら)。
たったの1試合。それでも当時5年生の石光のパフォーマンスは、出色かつ鮮烈だった。1回裏にいきなり二塁打(=下写真)。体格に恵まれているが力任せではない。右打席から逆方向へと鮮やかに打ち返し、第3打席では中前へのクリーンヒットから二盗も決めた。


捕手として強肩も光り、投手の二塁けん制時にはバックアップにも動くなど、野球偏差値の高さもうかがえた。そして圧巻は、マウンドに上がってからだった。
5対2と再逆転した直後の4回表に二番手で登板。投球練習で自己最速108㎞を更新した5年生右腕は、112㎞まで記録を伸ばすことに。全国舞台の6年生でも、110㎞はそうそう出ない。それを平然と投げる5年生と、またそれを痛打して試合をひっくり返した不動打線は「お見事!!」の一語に尽きた。

さらに、感激や驚きに輪をかけたのは、石光の一本気とタフなハートだった。サク越え弾2発など5対7と再々逆転されながら、快速球で真っ向勝負を挑み続けた。そして続く5回は三者凡退に。さすがに敗退後は、先輩たちと涙に暮れ、放心したようにこう話した。
「(全国は)福岡とはレベルが違いました…。バントとか小技をする野球じゃなくて、どんどん打ってくる相手でした」

夏の甲子園V腕以上!?
これはとんでもない選手になるかもしれない!!
初見でそう予感したのは、筆者だけではなかった。金田ジュニアの第1期生で、かつては社会人軟式の福岡東芝でもプレーした嶌田英志監督(=下写真)も、出会ったその日の園児に“モノの違い”を実感したという。
「カナト(石光)がお母さんに連れられて、初めてウチの体験に来たのは小学生になる前。ボールを投げる・捕る能力は、もう抜けてましたね。でも、一番の印象は楽しそうな笑顔。就学前とか体験初日の子は人見知りするものなんですけど、ニコニコと挨拶して話もするし。この子はちょっとどころか、ぜんぜん違うな、と」(嶌田監督)

邂逅から6年。キャリア22年の指揮官にとって、石光は「No.1」であり続けている。2008年の全国初出場時の主力だった福島孝輔はその後、大阪桐蔭高(大阪)で3年夏の甲子園で全国制覇。その3年後輩の平元銀次郎は広陵高(広島)でエースとなり、中村奨成(現広島)とのバッテリーで2017年夏の甲子園で全国準優勝している。
他にも“嶌田門下生”からは甲子園球児やホークスJr.が複数。そうした錚々たる面々と比べても、6年生の時点で明らかに抜けているのは石光だと断言する。
「大きなケガをせずに順調に成長している。小学生なので細かな技術はあえて教えていないところもあるけど、本人の努力、自主練の賜物でここまで来たと思います。出会ったときの笑顔のまま、ずっと野球にのめり込んでいる感じも」(嶌田監督)



無敵の「強肩」
石光は弟と妹がいる長男で、次男・稀尋も金田ジュニアでプレー。根っからの野球人の父・清敏さんはコーチで、昨夏の全国も背番号28でベンチに入っている。
ありがちな野球一家だが、熱血親子とは異なる。父は躾や集団におけるマナーには厳しい半面、野球や練習を息子に強制したことはないそうだ。石光が金田ジュニアの門を叩いたのも、友人の誘いから。「チームに入る前は、お父さんの会社のソフトボールの試合を見に行ったり。家の中でボールを投げたり打ったりはしていました」

では、人より速いボールを投げられるようになった要因は何か。父子の答えは「キャッチボール」と「遠投」でほぼ一致した。金田ジュニアは水木金と平日練習があり、絶対的に投げる機会も多い。また、1球1球をしっかりと投げて捕ることの大切さだけは、父が当初から説いてきたという。
「キャッチボールができんと、試合にも出られんし。チームの練習で変な投げ方をしているときには家で直す。1対1ではそれくらいの関わり方でした」(清敏さん)



チームは昨年、全国予選を含む福岡県の主要4大会制覇という史上初の快挙も達成。そして今年はまず5月に、高野山旗の予選も兼ねた県大会(福岡トヨタ杯)を制覇。その決勝で、石光は最後の打者に対して122㎞(球場表示)を投じたという。
「去年の全国で打たれたことで、どういった配球をしたらいいかとか、考えて(投球の)幅を広げました」
速球一本槍も大きな魅力だった。でもそこから脱皮し、緩急も駆使するようになった理由はただひとつ。「勝ちたいからです」。
それだけの想いも胸に、続く県大会の全日本学童の予選も順調に勝ち上がる。しかし、準決勝で0対1と惜敗した。相手はその後、全国8強まで躍進することになる木屋瀬バンブーズ。走者二塁からテキサス安打で決勝点を奪われたとき、マウンドにいたのは石光だった。
「(テキサス安打を処理した)外野の子が5年生で、どこに投げていいか分からない感じでいる間に、ランナーにホームまでいかれて…負けてホントに辛かったけど、打たれた自分が悪いし、この大会では自分もスランプで打てませんでした」

大目標のひとつ、2年連続の全国出場が消えた。そんな石光にとって、ホークスJr.入りは何としても叶えたい悲願となっていたのだった。
「ホークスJr.は各県のすごい人たちが集まっているので、今までとレベルが違いました。最初は自分のほうがうまいんじゃないのかなと思っていたけど、バッティングとか足の速さとか、自分より上のレベルがいました」
誰にも負けていない部分もあるのでは? 水を向けると「肩の強さ!!」と即答した石光は正捕手候補。一塁や外野を守りながら打席に立つこともあるという。九州が誇る精鋭集団の中で揉まれ、描く未来もより現実味を増してきているようだ。

捕手でも強肩が一発で目に留まる。写真㊤は昨夏の全国大会、㊦は現在。「メジャーのときの城島選手(健司)が座ったまま二塁に投げる動画を見て、いいなと思いました」

「まずはホークスJr.で一生懸命に頑張ってNPBトーナメントで優勝して、中学でも精一杯にやって、高校で良い選手になってプロ野球の世界で活躍していきたいです」
ホークスのユニフォームに袖を通しても、背番号は2。そんな長男坊の試合やプレーをある意味、客観的に傍観できる今が「楽しい」と父は語る。コーチを務める金田ジュニアでは、どうしても他の子より息子に厳しくあたってしまうせいもある。
「わが子が打たれたり、打てんかったりして何とも思わんと言ったら違いますけど、感情的にならないので逆に今のほうが的確にアドバイスできているのかなと思います」
(動画&写真&文=大久保克哉)