【2025注目の逸材】
かんばやし・しゅんと
神林駿采
[千葉/6年]
とよがみ
豊上ジュニアーズ
※プレー動画➡こちら
【ポジション】捕手
【主な打順】三番
【投打】右投右打
【身長体重】158㎝50㎏
【好きなプロ野球選手】坂本勇人(巨人)、大谷翔平(ドジャース)
※2025年7月31日現在
人を黙らせる稲妻
8月11日に迫る「小学生の甲子園」全日本学童大会マクドナルド・トーナメントの開幕までに、どうしても紹介しておきたい逸材が千葉県にいる。過去2回の全国ベスト4を超える日本一を期す名門、豊上ジュニアーズの背番号10、神林駿采主将だ。
昨夏に全国デビューしており、1回戦から全4試合に五番・中堅でフル出場。打率.272で5打点をマークした。
2024年の全日本学童1回戦開始前。写真上の右から4人目が当時5年生の神林。準々決勝までの全4試合、五番・中堅または三塁でフル出場した
1回戦の第2打席に放った全国初ヒットはレフトへのタイムリーで、2回戦では中越え2点二塁打に盗塁も決めた。大会連覇を果たすことになる、大阪・新家スターズに準々決勝で5対11と逆転負けしたが、王者からも第1打席に左へクリーンヒットを放ってみせた。
「去年の全国で新家に負けたときから、来年は自分たちの代で全国優勝したいと思ってきました」
昨夏の全国3回戦では、5回にダメ押し犠飛
新チームとなって秋の新人戦は、千葉大会を制して関東大会に出場。1回戦で茨城県のライバル、茎崎ファイターズに惜敗も、文句なしのサク越えアーチをセンター方向へ放ってみせた(リポート➡こちら)。
2025年を迎えて新キャプテンとなり、2月のフィールドフォーストーナメントで優勝(リポート➡こちら)。この大会の決勝では茎崎に雪辱し、神林は2打席連続のサク越えアーチでMVPに。そして6月に、全国予選の千葉大会を制し、大目標への挑戦権をまずは手にしている(2年連続6回目)。
昨秋の関東新人戦は1回戦で敗退も、攻守両面で際立った
「自分たちのチームはバッティングが魅力です」と語る主将は、不動の三番・捕手。この1年ですべてにおいてスケールアップしており、長打力と走力と肩の強さは、いずれも世代トップクラスだろう。
「みんなが黙っちゃうような打球を打ちますからね」とは、名将・髙野範哉監督の弁。確かに筆者も、彼のそういう一撃を目の当たりにして言葉を失った気がする。
それは全国区の強豪チームも多数参加している、4月の東日本交流大会の2回戦だった。相手は2023年に全国出場していた野沢浅間キングス(長野)で、今年の全国予選は県準V。神林は2回表、二死二塁での初球をフルスイング一閃、白球は糸を引くような弾道でライト側の70m特設フェンスを越えていった(=下連続写真)。
大気を切り裂く光のよう。言うなれば“稲妻スイング”だ。これほどに鋭い球足のライナー、それも逆方向へのサク越え弾は、この世代では後にも先にも筆者は見ていないが、ダイヤモンド一周の際には「また逆方向!」との感嘆も聞かれた。なお、この打席はプレー動画の打撃シーンの最後に収めている。
打球を飛ばせる秘訣
自身の一番のセールスポイントを、神林は「打球を遠くに飛ばせる力」と答えている。国内全土に目を広げれば、大人のような体格でもっと飛ばす6年生はきっといるはず。でも、上部大会や全国レベルのチームや投手から、これだけコンスタントに本塁打を打っている打者となると、彼の右に出る者はおそらくいまい。
2月のフィールドフォースカップ決勝では2打席連続のサク越えアーチ(=上写真2枚)など、優勝の立役者となってMVPを受賞(下)
158㎝50㎏と、サイズに恵まれているほうだが、長打力の決定的な秘訣が別にあった。5歳から始めたという空手だ。現在はもう道場へ通っていないが、昨年の途中までは道着にも袖を通して県内の大会で銀メダル獲得など、なかなかの腕前だったようだ。
「空手をやっているなかで、力の入れ具合みたいなところを知ってから、打球を遠くに飛ばせるようになりました。あとは下半身が強くなってきて、重心がブレない感じが野球にも生きているのかなと思います」
この談話をたまたま近くで聞いていた髙野監督が、すぐさま補足した。
「そう!インパクトの瞬間に100の力を出せるんですよ。少年野球で、ボールに当たる瞬間に100の力を出せる子なんてなかなかいないけど、空手をやっている子はグッ!と、そこで入れることができる。だから飛ぶんですよ」
その土台となる馬力も、神林はハンパない。100の力を発揮してからの下半身の粘りは高校生のようだが、これが低めのボールや遅球への対処にもおそらくリンクしている。
マスクをかぶっても、動き出しの爆発力や身体の柔軟性が随所にうかがえる
50m走のタイムは未計測ながら、チームで2番目に速い福井陽大が7秒2であることから、チーム最速の神林は6秒台で走れる。これは本人と周囲に共通した認識であり、指揮官が下級生時代の神林に目をつけたのも、図抜けた脚力がきっかけだったという。
「柏市の陸上大会がなくなっちゃたんですけど、あればたぶん1位2位になる。異常に速いんですよ!」(髙野監督)
短距離走の能力は遺伝が関与するとされているが、神林の母は中学時代に陸上競技部に所属。50m走の自己ベストは6秒9だったそうだから、やはりDNAもあるようだ。
「主人も運動神経が良いといいますか、テニス、スキー、アイスホッケー、卓球と多趣味なんです。走るほうも、いまだに『シュント(息子)には負けない!』と競争したりしています」(母・久美子さん)
そんな両親の下、2つ上の姉に続いて生を受けた神林は、わずか3つで補助なし自転車を乗り回すなど、近所でも有名なわんぱくに育った。当時は特別に意識したわけではなかったが、思い返すと母の教育スタンスは「放任」だったという。
「例えば公園に行っても、ジャングルジムや滑り台でいろんなことをしたり、高い所によじ登ったり。世の中的には『危ない!』と親が先回りして止めるようなことも、本人がやりたいなら際限なくやらせていた気がします。お姉ちゃんも活発で、その後を追いかけていたせいもあるのかな」(久美子さん)
そのあたりは本人の記憶にも多少。就学前は、公園などの高い木に登るのが大好きだったと語る。「今もそうですけど、遊ぶとしたらほとんど家の外でした」。
神経系が著しく発達し、絶対値がほぼ決まる、とされる幼少期。昭和の多くの子どものように、体を使った遊びで過ごしてきたとなれば、将来がより嘱望される。神林の夢も当然、プロ野球選手だ。
「巨人の坂本勇人選手みたいな、率も残せて長打もあるプロ野球選手になりたい」
ただし、この少年の野球人生は意外なことに、まるで陽の当たらないところからスタートしている。いわゆる“小さなころからエースで四番”というタイプではないし、指揮官はこうも評していた。
「野球においては、とにかく不器用な子なんですよ」
名将に見出されて
小学校の友だちに誘われて、神林が豊上ジュニアーズに入ったのは2年生の6月ごろ。それまで一家は、野球とはほぼ無縁で、入門時の神林は右も左もよくわからなかったという。
「低学年のころは、同級生のお父さんが(学年チームの)監督をやっていて、コーチもあまり怒らないし、ふつうのチームかなと思っていました」
徹底的に情報をリサーチして、複数チームの体験練習を経て入部するという、昨今の親子にありがちなパターンとは大違い。神林にとっては、今も昔も豊上がオンリーワンでしかない。たまたまた自宅の近所でやっているチームが、全国区の強豪であることを知って「親子でびっくり仰天!」(母)したのは、高学年になってからだそうだ。
もっとも、これほどの無頓着はチームではレアケース。どの学年も志の高い親子が自ずと集まり、低学年から切磋琢磨しているのが豊上だ。入り口の段階ですっかり遅れをとっていた神林は、シートノックではレフトやセンターに入ったものの、試合に出ることはほとんどなかったという。
そんな“埋もれていた原石”の一角がチラホラし始めたのは、髙野監督と原口守コーチの指導も受けるようになった4年生から。乾いたスポンジが水を吸収するようにスキルと知識をどんどん習得し、5年生になると1学年上のトップチームでも不可欠なレギュラーに。気付けば、空手より何より、野球に夢中になっている自分がそこにいた。
「低学年のころは野球がそんなに楽しいというのはなかったけど、髙野監督にいろいろ教えてもらって試合に出るようになって、試合がすごく楽しみになりました」
4年生の途中までは補欠。そこからのし上った叩き上げであることが、今にも生きていると指摘するのは髙野監督だ。
「いやぁ、最初はホントにヘタな子でしたよ。試合で外野を守らせても、何度もバンザイしちしゃうし(笑)。ただ、そういう体験があるので自信過剰じゃない。今の時代はチヤホヤされて勘違いする子が多いなかで、神林は常に不安を抱えながら野球をしている」
捕手は5年時(学年チームで)からと、キャリアは浅いが、昨秋以降も見るたびに成長の跡がうかがえる。例えば二塁送球だ。鉄砲肩は当初から際立っていたが、動作は少しずつコンパクトになって時短を継続中。
打撃フォームもまた、結果を出しながら変わってきているが、どれも指揮官からの教えと反復練習によるものだという。全国大会も控えているので詳細は明かせないが、プレー動画でも変遷は何となくは見えてくるはず。
「監督に言われたことを実践してみると、最初は難しくてできないけど、やり続けているなかで、これがいいなと感じることが多いです」(神林)
自信の拠り所
取り組むその姿勢については、原口コーチも当初から太鼓判。また主将となったことで、さらに模範的となり、結果として成長をより促しているという。
自信の拠り所は、日々の自主練習と昨夏の全国経験。後者は心理面の効果が大きいと本人は語る。
「5年生と6年生ではピッチャーの球質も球速も違うし、全国大会では打球のスピードも違ったから、サードを守っていても怖かった。でも自分たちが最高学年になってから、球速とか打球が速いと感じたことがないです」
知らないうちに、自分が対戦相手に脅威を与える存在となっている。だからといって、チームも自分も名将を満足させる域には達していないことを自覚しており、手厳しい注意にも素直に耳を傾ける姿がある。
「大谷翔平選手(ドジャース)みたいに、どんなに活躍しても、ずっと練習し続けるような謙虚な人になりたい。野球で勝つのはすごく楽しいけど、良い内容で勝つのは難しい。全国大会まで残された日々でも満足しないで、サインプレーの精度とか連係とか、全体的なところをもっと上げていきたい」
昨夏の全国準々決勝。優勝することになる新家の6年生投手からもクリーンヒットを放っている
神林家は現在も、野球一色ではないそうだ。両親は共働きで、父は時間があれば息子の自主練習をサポートするが、基本的には一歩引いて見守る立場にいる。結果、帰宅した姉弟は十分に安息し、心身のリカバリーができるという。息子の野球を全面的にサポートする母は「今では彼を応援することが、私のリフレッシュにつながっている感じ」と語る。一方で、彼の未来にはこんな希望も抱いていた。
「きっと本人は『自分は野球で食べていく』くらいに思っていると思うんですけど、人生はそれだけじゃないよ、ということも経験しながらかな。うまくいかないこともいっぱいあると思うんですけど、それを乗り越えられるように心身ともに鍛えて成長していってほしいです」(久美子さん)
名門の叩き上げだ。きっと何でも乗り越えられる。
(動画&写真&文=大久保克哉)