ついに重い扉をこじ開けた。全国最終予選のトーナメントに参加する半数以上が地域選抜チームとなる埼玉県にあって、単独チームが勝ち抜くのは容易ではない。飯能市を拠点とする西埼玉少年野球が、今年はそれをやってのけた。秋の新人戦では2回の県制覇があるが、夏の全国予選を制したのはこれが初めて。
(写真&文=鈴木秀樹)
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にしさいたま
西埼玉少年野球
[飯能市/1973年創部]
初出場
【全国スポ少交流】
出場=なし
【県大会の軌跡】
2回戦〇7対4山野ガッツ
3回戦〇7対3山王御狩場ヤンキース
準々決〇10対1新所沢ライノーズ
準決勝〇8対4吉川ウイングス
決 勝〇7対5東松山野球スポーツ少年団
ついに…悲願の全国へ!
「やった!やった……!!」
優勝が決まると、西埼玉少年野球・綿貫康監督はあふれ出る涙を拭うこともなく、「ありがとう!」と隣にいた香川宣廣コーチと抱き合い、悲願達成を喜んだ。そして、表彰式後にはナインの前に呼ばれ、声を振り絞った。「本当にありがとう!」
チームの転機は、2019年だった。
西埼玉はこの年の秋、新人戦で県大会初優勝を果たして関東大会に出場。このときに関東王者に輝いたのは、荒井優聖主将(現・智弁和歌山高2年)を擁して「最強世代」といわれた千葉・豊上ジュニアーズだった。準優勝は茨城・茎崎ファイターズ、3位は神奈川・平戸イーグルスと東京・レッドファイヤーズ。西埼玉は初戦で豊上に敗れ、大会を終えている。
それでも、この大会での経験は綿貫監督に衝撃をもたらした。
前身の精明スワローズ時代から20年以上の指導歴がある綿貫康監督だが、チームは長いことスポーツ少年団の活動に限られ、軟式野球連盟主催大会の出場経験は少なかった。全日本学童大会(マクドナルド・トーナメント)で真の日本一を目指す、他県の強豪チームとの対戦経験はなかったという。
綿貫監督自身、社会人軟式・大陽ステンレススプリングの選手として、1986年に高松宮杯全国大会優勝経験を持つ。指導者としても西埼玉で「育てながら勝つ」野球を目指してはきたが、関東大会で「学童でも全国を目指し、こんな高いレベルで競う世界があるのか」と肌で感じた経験は、「これまでの自分のチームづくりの方針が間違っていなかったんだと、あらためて身震いさせられるくらいの思いだったんです」。
その後は毎年、夏の大一番に目標を定め、チームづくりに邁進する日々。指導育成の骨子は変わっていない。「選手の骨格や身体の強さ、柔軟性も見た上で、投手をはじめ、複数のポジションを経験させる」のが綿貫流だ。厳しいが、丁寧なアプローチに選手自身や親たちの熱も加わり、常に県で上位を争う存在となった。
とはいえ、埼玉も全国大会の上位経験がある東松山スポーツ少年団、熊谷グリーンタウンをはじめ、強豪ひしめく激戦の地。毎年のように優勝候補の一角に挙げられながら、届かない年が続いたが、今回、その思いがついに実を結んだのだった。
主将中心に個性派がそろう
ことしの西埼玉のチームづくりのポイントは、一も二もなく、主将に香川幹大を選んだことだろう。
投げては伸びのある速球をビシビシとコースに投げ分ける。打っても一番打者として、県大会最終日の準決勝、決勝でいずれも4打数3安打、計「8の6」と、非の打ちどころがない活躍。試合外の立ち居振る舞いを見ても、そのキャプテンシーは疑いのない香川だが、西埼玉には昨年秋に入部した移籍選手である。
「ウチに来たときから、実力的には抜けていました」という綿貫監督の言葉に疑いはないが、入部からまだ日が浅い年明けには、もう主将指名を決めていたのだというから驚く。
「僕はこのチームに入ったのが遅かったし、僕が入ったことで、試合に出られなくなった子もいたと思う。最初は遠慮する気持ちもありました…」
香川主将本人が振り返るとおり、彼自身にもそれ以外の選手や、おそらく保護者にも、感情的に難しいところはあっただろう。それを払拭したのは、指揮官の迷いなき決断にあったのではないか。
「本人を見ていれば、当然の選択なんです。実力はもちろんですが、何ごとも常に先頭に立ってやるし、とにかく手を抜かない。それでいて悲壮感がない。すべてを楽しんでいる。気がついたら選手たちばかりでなく、私も後ろをついていかされるくらいなんです」
結果的に、この即断が後押しする形で、香川主将は自信をもって本来の長所を発揮できるようになり、さらにその姿がチーム全体を感化したことで、その結束力が高まる結果につながったのだろう。チームの目標も明確になった。
投手の育成をチームの基本に置く西埼玉だけに、香川以外にも好投手がそろう。「埼玉県大会は最終日、常にダブルヘッダーで試合をします。それに対応できるよう、ウチは6年生投手が4人いて、5年生にも投げられる子がいます」と指揮官。打線もパワーのある水村玲雄を筆頭に新井一翔、早川暖真の中軸、さらに攻守にセンスあふれる捕手の矢澤凌ら、個性ある実力派がそろう。
ついに出場を決めた、真夏の大舞台。綿貫監督は「一球一球、一試合一試合を、慢心することなく戦うだけです。あとは選手たちが楽しんで、実力を発揮してくれれば……」と新潟での戦いに思いをはせた。
口にしなかった、その言葉の続きは「上位進出はおのずと見えてくるはず」、といったところだろうか。全国大会でも間違いなく上位候補に挙がりそうな、ことしの西埼玉だ。
【県大会登録メンバー】
※背番号、学年、名前
⑩6 香川幹大
⓪6 新岡幸伸
①6 磯部煌稀
②5 柴田 有
③6 早川暖真
④6 矢澤 凌
⑤6 水村玲雄
⑥6 高島智史
⑦6 関川暖太
⑧6 加藤陽大
⑨6 野口治真
⑪6 林 丈富
⑫5 武内瑛汰
⑬6 横田隆芽
⑭5 滝沢翔海
⑮6 加藤聖人
⑯6 神野陽羽
⑰6 高橋龍政
⑱6 新井一翔
⑲6 齋藤 湊
⑳5 渡辺桜生
㉑5 會田健真
㉒5 川鍋柚季
㉓5 荒井若獅
㉔5 鈴木聖絆