5回目の出場となった2017年に、道勢初となる優勝を果たしたのが東16丁目フリッパーズ(北海道南)。前年度優勝枠で出場した翌2018年は、初戦の2回戦でサヨナラ負け。そのときの勝者が多賀少年野球クラブ(滋賀)で、3回戦以降も勝ち抜いて初優勝(出場12回目)し、翌19年も制して2連覇を遂げた。そんな両チームが、今夏の3回戦で対峙。8年ぶり2回目の顔合わせは「元王者対決」と箔がつき、また否応もなく介入してきたのは気まぐれな豪雨だった。
(写真&文=大久保克哉)
■3回戦/エスコタ新潟
◇8月15日▽第1試合
[北海道南]3年ぶり9回目
東16丁目フリッパーズ
000001=1
50010 X=6
多賀少年野球クラブ
[滋賀]8大会連続18回目
【東】川口、西山-徳田
【多】岡本、高井、岡本、里見-大橋民
二塁打/舘洞(東)、中浦(多)、徳田、片岡(東)
8月15日の朝。新潟の市街地は真夏の陽光に照らされていたが、見上げる空の一方向では暗雲が不気味にうごめいていた。予報によると、午前中は時折りのゲリラ豪雨があるという。
4日前に開会式を行ったメイン球場、エコスタ新潟では3回戦2試合を予定。全面人工芝とあって、雨をやり過ごしながらの進行で無事に消化はされるだろうと思われた。
決着に3時間26分
第1試合の当初の開始時刻8時半には、案の定の激しい雨。両軍へは当日早々に、1時間のスライドが伝えられていたという。結局、9時44分に始まった試合が、6イニングを終えて決着したのは13時10分。実に3時間26分という長丁場を招いたのは他でもない、不可抗力の降雨だった。
初回を終えた時点で21分間、5回表の途中には85分もの中断を余儀なくされた。結果として、それが勝者に味方し、敗者には憎きものとなった面も否めない。東16丁目フリッパーズの笹谷武志監督(=上写真)の、試合後のひと言が印象的だった。
「条件は相手も同じなんですけど、今日は流れというか、球運もなかった気はします」
水たまりはないが、雨を吸っている人工芝は、転がるボールをたちまち濡らし、選手たちのスパイクの裏を滑らせる。そういうコンディションで余計に際立ったのが試合前、東16丁目の斬新なシートノックだった。
「ただ順番を待って、捕って投げるという形ではなく、実戦でよくある状況を設定してそれに応じて動く。こういうスタイルにしたのは数年前です」(笹谷監督)
ボール回しに続いて「無死一塁」の想定で、ノッカーの打球はランダムに。例えば、三遊間のゴロなら併殺コースとなり、緩いゴロから一塁へ直接送球された場合は、一塁手が仮想の走者を刺すために三塁へ転送する。外野手も打球とアプローチに応じて送球先が変わり、内野陣はその指示を出しながら中継か、仮想・打者走者のケアへと動く。
それらがハイペースで次々と行われ、ベンチからのブザー音を合図に「無死二、三塁」「無死満塁」など想定も変わる。そして既定の5分間「終了」のアナウンスがあると、各自がその場で一礼してベンチへ引き上げた。
東16丁目のノックは、登録24人(6年生11人)を各所に配し、状況と打球に応じて複数人が連動。中堅手・佐藤秀哉(下)の身のこなしと強肩は1回戦から光っていた
試合前のシートノックの5分間は、どのチームにも平等に与えられている。その目的は指導者や大会や対戦相手によっても異なり、一概に善し悪しを言えるものではない。
選手個々に最善のスタンバイをさせて、間もなく始まる試合にスムーズに入る。それが目的だとした場合、数をこなしながら複数人が頭も使って動いていた東16丁目ほど、5分間を有効に使えていたチームが他にあっただろうか。
ふたりの賢者
東16丁目のOBでもあり、2017年に日本一に導いた笹谷監督の秀でていることのひとつは、先々も見据えて物事を合理的に考え、より機能的に行える賢さにある。
その象徴とも言えたシートノック。これを目の当たりにした筆者が、即座に思い出したのは14年前の夏――。多賀少年野球クラブが、この大会で実践していたマシンガンのような超ハイペースノックと、辻正人監督のコメントがふるっていた。
写真上は現在の多賀・辻監督。下は3位に輝いた2011年夏の全国大会
「試合前のシートノックに、こうせなアカンなんて決まりはない。その日のその場所のコンディションと自分のコンディションを知るための5分間であり、それには個々が1球でも多くボールに触ることが最優先。だからサードから順番に打つようなノックはしないし、最後に一列に並んでの礼もない。『時間です』とアナウンスされるまで、私はノックを打ちまくります」
辻監督がそう語った2011年、多賀は大会で2個目となる銅メダルを手にしている。当時は珍しくないスパルタ指導だったが、厳しさ以上に取り組みと野球の斬新さで目立ちまくっていた。
それも試合前のシートノックのように明らかな異色で、チームNo.1の長距離砲を打線の二番に据えたり、投手が複数いてスローボールを多投したり。現在では珍しくないが、当時は前例にないようなことを誰かの模倣ではなく、オリジナルで実践していた。それも奇をてらうのではなく、問えば目的や根拠が理路整然と語られるのだった。
その後、「卒・スポ根」を宣言して2018年から大会2連覇を遂げた多賀は、今では100人を超える大所帯だ。6年生主体のトップチームは2班で別々に試合をして、頻繁に入れ替えをしながらベストの25人を模索(今夏の登録は6年生22人)。試合前のシートノックは、かつての面影が少し残る程度のペースだが、各ポジションに最低2人は配して実戦的な動きを確認していた。
ちなみに辻監督も笹谷監督も、若き独身時代に学童野球の指導者となっている。あふれる才覚も共通しており、年齢でひと回り近く上の辻監督が実績でも上にいるが、付き合いは10年以上前に始まっていた。向上心も旺盛な笹谷監督はかつて、学びを求めて全国区の名将たちの元へ馳せ参じていたのだった。
いきなりの明暗
さて、試合のほうは初回の守りで明と暗とにくっきりと分かれた。皮肉にも、東16丁目はシートノックの成果を発揮できないスタートとなった。
1回表、多賀は一死二塁のピンチがあったが、右翼手の奥野悠太が前方の飛球をスライディング捕球(=上写真)するなど、無失点で立ち上がる。
一方の東16丁目は、ゴロ捕球からの投げミス2つで早々に1点を献上。打たせて取るタイプの川口琉輝はそれでも懸命に左腕を振ったが、波に乗った多賀打線にのみ込まれてしまった。
1回裏、一死満塁から小田(上)と中浦(下)の連続タイムリーで多賀がリードを4点に
1点を得た多賀はなお、一死満塁から六番・小田悠陽の中前打と、続く中浦奏の右三塁打で3点を追加。さらに八番・大橋民紀太の二ゴロで5対0とした。
そして打者一巡で初回の攻撃を終えたあたりで雨が激しく降ってきて、フィールドはしばらく無人となる。
多賀は一死三塁から大橋民の二ゴロ(上)で5点目。そして1回の攻撃を終えたところで、豪雨により試合は中断する(下)
「残り5イニングで6対0の試合にできたら、トータルで勝つことができる」
21分に及んだ中断時間に、東16丁目のベンチでは、笹谷監督がそういう話をしてナインを鼓舞していたという。らしくなかった初回の2つの投げミスは、濡れたボールで指が滑ったと思われる。同情の余地もあるが、笹谷監督は過ぎたことを試合中に引きずるような指揮官ではない。
2回の守りでは挽回するかのように、捕手の徳田隆之介が小飛球を好捕。だが、3回の攻撃では走者が打球を足に当ててしまい、アウトに(打者は安打)。これもまた、濡れた人工芝が目測を誤らせた面もあっただろう。
東16丁目は3回表、一番・丹場泰生主将が左前打(上)も無得点。多賀の先発・岡本(下)は球速も自在に操り、決定打を許さなかった
一方の多賀は先発右腕の岡本律希が、スローボールを多投しながら快調にアウトを重ねた。野手陣は常に尻ポケットのロジンを利き手で触るなど、対策も万全の様子。
「今日の相手は打力のすごいチームと聞いてましたので、いつもはそんなに投げない野手の岡本を先発させました。初回でダメなら代えようと思ってましたけど、タイミングがうまく合っていなかったので、そのまま投げさせました」(辻監督)
多賀の野手陣は尻ポケットのロジンを触りつつ、安定した送球を披露。写真上は遊撃手の里見、下は三塁手の三好
初回の5点以降は1安打に封じられてきた多賀に、待望の追加点が生まれたのは4回裏だった。九番・三好想太朗から、里見葵生、奥野までの3連打で無死満塁に。
ここで3回から登板していた東16丁目の右腕・西山宗汰郎が踏ん張り、遊直と三塁けん制で二死を奪う。だが、傾きかけた流れを多賀の四番が立て直した。大塚堅史主将の中前打で二走がかえり、6対0に。
東16丁目は3回から西山(上)が登板。4回は無死満塁のピンチを脱するかに思えたが、二死から多賀の四番・大塚主将が中前へタイムリー(下)
多賀は5回の頭から、エース格の高井一輝を投入。2017年の王者も、いよいよ追い詰められてきたか――。そんな空気を先頭の片岡叡大郎が右前打で一掃した。
続く藤野廉のセーフティバントは決まらずに犠打となったが、それまで鉄壁だった多賀の守備陣に初めて投げミスが生じる。そして一死一、三塁となって、東16丁目の打線は3巡目に。
5回表、東16丁目は先頭の片岡が右前打(上)。さらに守る多賀に投げミスが出て(下)、一死一、三塁と好機が広がる
60分超の水入り
さぁ、ここから! 東16丁目の高まる反撃ムードはしかし、突発的な豪雨で寸断されてしまった。しかも今度は空全体が暗く、ちょっとやそっとで止むような気配もなし。結局、再開は85分後になるが、多賀・辻監督は試合後にこう話している。
「雨の中断で、グラウンドもそうですけど、子どもらの心が整備されましたね。5回表に、雨が強くならずにそのまま試合が続いていたら、浮足立っていたのでピッチャーが暴投したり、内野ゴロでミスしたりがあったかもしれない」
ようやく雨が上がり、グラウンド整備が始まると東16丁目はバットを振り込んで再開を迎えた(上)。多賀は勝ちを急がず、「間」を取りながら試合を進めた(下)
1時間以上の中断を経て、先発の岡本をマウンドに戻した多賀は一死一、三塁のピンチを無失点で切り抜けた。この回の3アウト目で既定の70球に達し、ベンチへ戻ってきた右腕は笑顔が弾け、指揮官や仲間たちに次々と抱きしめられた。
「途中でも点が取れませんでしたけど、『高校野球の甲子園でも大逆転劇がある。夏にかける執念だぞ!』と、最後の最後まで勝ちにこだわる声掛けをして、子どもたちもその都度、応えてくれてたんですけど、結果として相手に巧みにかわされたり、うまく突破口が開けなかった感じですね」
東16丁目の笹谷監督はそう振り返ったが、最終6回の攻撃では元王者の片りんを見せた。多賀は4年生から全国舞台でプレーしている里見をマウンドへ。その経験豊富な右腕から、四番・徳田と七番・片岡の二塁打で1点をもぎ取った。
東16丁目の二塁手・上川原風馬(上)は最後まで堅実に守った。6回には徳田が左中間へ二塁打(下)、そして片岡の右中間二塁打で1点
しかし、反撃もそこまで。1回戦で強打のIBCレイカーズ(熊本)にサヨナラ勝ちし、2回戦は10安打10得点で大勝していた北の大地の元王者は、3回戦で姿を消すことに。ナインは濡れたユニフォームのまま、憎き雨よりも激しく号泣。第2試合が始まるタイミングになっても、ロッカールームから嗚咽が漏れていた。
―Pickup Hero―
荒天だろうが、ホットコーナーでの“見せ場”は不変
みよし・そうたろう
三好想太朗
[多賀6年/三塁手]
度々の降雨で、守るには厄介なグラウンドのコンディション。人工芝の表面は乾いて見えても、ヒザを着けば一瞬で水が沁みてくるし、いきなり強く踏み込めば滑って転倒しかねない。
しかも試合の冒頭で、相手の相次ぐ投げミスから先制し、逃げ切るまでに要した時間は約3時間半。それが途方もない長さに感じた選手も勝者にはいたことだろう。
でも1人だけ、もう1試合やりたいような空気感でこう語る6年生がいた。三塁手の三好想太朗だ。
「ボクは守備が大好きで、守備を生かしていく選手だと自分自身でも思っています」
1回戦と2回戦は、途中から守備固めで二塁へ。3回戦でようやく、本職の三塁で先発出場すると、水を得た魚のようにホットコーナーで躍動した。
「あんまり緊張しませんでした。自分の見せ場なので、どんな打球でもうれしい気持ちでプレーしていました」
4回には立て続けにゴロをさばくなど、6回18個のアウトのうち、4つに絡んだ。もちろんノーミスで、ウイニングボールとなった邪飛をグラブに収めたのも、この三好。また記録上はファウルでしかないが、三塁線の強烈な打球やふわりとした飛球へも飛び込んでは、土や水を巻き上げた。
その堅実性と果敢なアタックが、バッテリーをどれだけ安心させ、ナインを勇気づけことだろう。「三好はとにかく守備が素晴らしい。守る展開になれば、三塁はあの子しかないですね」と辻正人監督。
「もうちょっと頑張らないといけない」と自ら話した打撃でも、この3回戦では追加点を奪った4回の先頭で中前打(=下写真)。その後のけん制死には「言い訳しません」と潔く、勝利の後には意気込みを新たにした。
「得意の守備でこれまでチームに貢献できているので、あしたも頑張りたいです」
―Good Loser―
脅威の二番打者。3試合9打席で8出塁、打率.833
たてどう・かいせい
舘洞海生
[東16丁目6年/左翼手]
昨年12月の「冬の神宮」ポップアスリートカップの全国ファイナルに、東16丁目フリッパーズは5年生チームで登場した。結果は初戦敗退。6年生主体の北信越代表チームに、内野安打1本で完封された。「取り立ててすごい子はいない」と笹谷武志監督は話していたが、その後の底上げと成長ぶりが今夏の全国舞台でうかがえた。
日替わりでヒーローが誕生し、勝負強さや試合運びの巧さも随所に。また大会後は、2人がファイターズジュニアに選出された。さらにもう1人、在京のNPB球団ジュニアの最終合否待ちの選手がいるという。
左投左打の二番・左翼。舘洞海生はNPBジュニアと無縁ながら、全国舞台では存在を大いにアピールした。1回戦の1回裏、センター前へきれいに弾き返した一打(=下写真)で、筆者はスコアブックにこう走り書きしていた。
『素直なレベルスイング』――。
チームにとっても、その1本が今大会の初ヒットだった。そして舘洞は驚くべきことに、以降の打席でアウトになったのは1度きり。塁に出られなかったときの打球も、バットの芯でボールを捉えていた。
結局、3回戦まで9回打席に立って、5安打3四球。出塁率.889、打率.833と、とんでもない成績を残した。また2回戦と3回戦では、左中間へ二塁打も放っている。
「寡黙でストイックに技術を高めていくタイプ。指導者に言われなくても、自分から調整するし、言われたことも吸収して力に変えられる子。あとは試合中は冷静ですね」とは、指揮官の舘洞評。
3回戦では地味に光る守備もあった。4回裏に追加点を奪われてなお、二死二塁のピンチで、遊撃後方への低飛球を倒れ込みながら好捕(=下写真)。これが地面に落ちていれば、0対7にビハインドが広がるところだった。
敗退後は号泣するばかりでコメントを拾える状態になかったが、身体も成長する今後が楽しみな逸材。上のカテゴリーでも大舞台に登場してくる可能性は十分にあるだろう。