真夏の6日間で消化する、51チームによる巨大トーナメント。序盤戦は例年、激しいつぶし合いとなる。心身がフレッシュな分だけ、互いに一歩も譲らぬ好勝負も生まれやすい。今夏はさらに、マンガでも描き切れないような大逆転劇、筋書きのないドラマがあった。主人公は1年前、チーム内のコロナ感染で無念の棄権を経験している6年生たちだった。
(写真&文=大久保克哉)
―From 2022 Best8 ―
12点取られて13点取る!
空前の同点劇にサヨナラ
[福井]2年連続2回目
えちぜん越前ニューヒーローズ
【戦いの軌跡】
1回戦〇13対12伊勢田(京都)
2回戦〇2対1中条(石川)
3回戦●2対8波佐見(長崎)
越前の全国初陣は1年前の2回戦(神宮)。12対11で勝利している
10点取られたら、11点取り返す――。言うのは簡単。そうした野球を理想に掲げるチームは、カテゴリーや地域を問わず、あちこちにある。またそういうチームにあっては「積極的にいけよ!」といった怒声もよく聞かれる。
一方、そうした野球を限りなく体現した学童チームがあった。福井県から2年連続で全日本学童大会に出場してきた越前ニューヒーローズだ。彼らは何かにつけて特異だった。
「好球必打」の極致
超アグレッシブな「好球必打」が真骨頂。昨夏は初球ストライクをフルスイングしての3連続二塁打もあった。あっけなく数球で終わる攻撃もあったが、2人目3人目の打者に「状況を考えて、少しは見たり粘れよ!」といった、指導陣の本末転倒な声掛けは皆無。当時、5年生で六番を打っていた日比野虎徹はこう話していた。
「甘いボールが来たら、(0ストライク)3ボールからでも打っていいと監督に言われています」
そうして2勝を挙げてベスト8まで進んだ1年前だが、人類を蝕んだ新型コロナウイルスと感染防止のルールには抗えなかった。準々決勝の朝に一部選手のウイルス感染が判明し、不戦敗に(※関連記事→こちら)。
「感染は誰のせいでもない。でも、最後の勝ち負けまで、子どもらに味わわせてやれんかったのが悔しいです」(田中智行監督)
三番・中橋は1年前(写真上右)の3回戦で決勝の逆転3ラン(写真左は今夏)。四番・米澤は1年前の2回戦で満塁アーチ(写真下左)を放っていた(写真右は今夏)
当時の6年生2人は卒団したものの、残るメンバーは1年の間にまた著しく成長し、夏の神宮(開会式)に戻ってきた。2年生2人を入れて総勢16人。スタメンの4人は下級生で、うち1人は3年生と、戦力の構成も前年に近い。それでも主将の山本颯真捕手に、中橋開地と米澤翔夢の左右大砲コンビは、6年生世代を代表するようなタレントとなっていた。
その彼らのすさまじい打撃力を、どこよりも知っていたのが昨夏の王者、中条ブルーインパルス(石川)だった。隣県のチーム同士で元から交流があり、新チームになってからも何度か手合わせをしてきた。直近の戦いは結果としてノーガードの打ち合いの末に、越前が勝利。
また7月半ばには、富山代表の比美乃江稲積JBOYS(初出場)も交えた3チームで壮行試合をすることになっていた。ところが、何の因果か。組み合わせ抽選の結果、1回戦シードの中条が、2回戦は越前と伊勢田ファイターズ(京都・初出場)の勝者と戦うことに。
「さすがに今回は(壮行試合を)やめておきましょう、とお互いになりました」(中条・倉知幸生監督)
どうにも絶望的な状況
前年のV監督は、空き日となった1回戦の日曜日、視察先の町田市・小野路球場で壮絶なファイトを目の当たりにすることになる。
「ホントにすごい試合でした。あそこまでの展開は学童でもなかなかないし、私も見たことがないですね」(倉知監督)
越前の1回戦を視察した中条の倉知監督。勝手知るチームとはいえ、選手たちは見なくて正解だったのかもしれない
越前と伊勢田の1回戦は、決着までに3時間1分を要した。既定90分の倍。今大会50試合の中で最長だった。
先行したのは越前だったが、すぐさま逆転した伊勢田のペースで試合は進む。5回表には越前の投手陣が被安打3ながら、6四死球の乱調に適時失策もあり、6点を献上してしまう。
2対10と8点差もつけられた上に、試合時間は既定の90分を超えて120分になろうとしていた。つまり、越前は5回裏の攻撃だけで、少なくとも8得点しなければ敗北となる――。
【5回表までの経過】
伊勢田 02206=10
越 前 1001 =2
越前はどうあがいても、ほぼ絶望的な状況。サポートを懸命にしてくれた控え選手や、来年のある下級生が代打で出てくるような局面だ。しかし、ナインは誰一人として、勝負を捨ててなどいなかった。いつも冷静沈着な田中監督も驚くほどの、鬼気迫る表情だったという。
「もう終わってしまうという緊張感もあったんでしょうね、子どもたちのあんな顔は今まで見たことがなかったです。追い上げていく中で、泣いている子もいました」
満塁本塁打を2本打っても、8得点しかできない。その8点を、1イニングのうちに打者15人で奪うという奇跡的な大同点劇は、二番の5年生から始まった。昨夏は八番・右翼でヒットも放っていた橋本詠は、1年で身長もスイング力もアップ。初球ストライクは空振りも、迫力のあるフルスイングだった。そして四球を選んで出ると、2球目の暴投で二進する。
速射の矢がどこまでも
三番・中橋も初球ストライクを振ってファウル。そして4球目を左中間へのエンタイトル二塁打で1点を返した。四番・米澤もやはり、初球をフルスイング。甘めにきた外寄り高めをレフトの特設フェンスの向こうへ運んでみせた。
看板の左右大砲が火を噴いた。でもまだ5点の差があって、塁上の走者はいなくなった。これで幕引きなら「最後に一矢を報いた」という表現になるだろう。だが、越前の速射の矢は、まだ続々と的を捉えていく。
二番・橋本詠(5年)は1年前からレギュラー。今夏は二番に入って1回戦の大逆転勝ちにも貢献した
五番・日比野は内野フライで1アウトも、当然のように初球ストライクを強振。敗色濃厚でも変わることのない上級生たちの「好球必打」が、下位打線を勇気づけると同時に相手を脅かし、疲弊させていったのだろう。
昨年は3年生で正左翼手だった六番・島碧が中前打。ここで守る伊勢田の幸智之監督が出て来て、投手をスイッチ。投手交代はこれを含めて、イニング中に3回あった。
七番の3年生・納谷は見逃し三振で、いよいよ2アウトまで追い詰められる。だが、短く持ったバットで、ファウルを含めて4球フルスイングした3年生を間近に見て、続く6年生が燃えないわけがない。
「下位打線の四番」といった位置づけの八番・米沢は、カウント3-1から右翼線へ二塁打。さらにラストバッターの4年生・黒﨑が、右越えの三塁打で7対10に。一番・山本主将も右前打で続いて2点差に迫ると、打線は2巡目に入って二番・橋本詠が死球で、ついに同点のランナーが出る。
三番・中橋も冷静に四球を選んで満塁となり、迎えた四番・米澤。内角球に詰まらされ、平凡な飛球がレフトへ。だが、深い外野守備も幸いしてテキサス安打となり、ついに10対10だ! 動画も公開されているので、以降の詳細は割愛するが、急な降雨もあった特別延長の6回裏に、越前は押し出し3つでサヨナラ勝ちしている。
イケイケのタイプが多いチームにあって、田中監督は常に冷静沈着
なんたる粘り腰か。マンガやTVドラマの原作でも、ここまでの大逆転勝利はあるまい。それを現実とした要因を、田中監督はこう語っている。
「ボクは疲れましたけど、よく見て、よく打って、次につなぎましたよね。最後は天気も味方してくれたのかもしれん。でもやっぱり、戦い切らんと終わってしまった去年のことが大きかったと思います。子どもらも今年に懸けてきたところがありましたから」
1年前は、日本一まで3勝というところで戦わずして夢舞台を去るしかなかった。だから何点リードされようが、終わる前から諦めるはずがないのだ。8点ビハインドでも、まだ戦えることに喜びや幸せを感じる選手もいたのかもしれない。
最長6連戦の1日目。フレッシュな状態の1回戦だったから、これほどのタフなファイトができたのかもしれない。また、14四死球を選んで7安打12得点、8投手(3人)をつぎ込んだ伊勢田ファイターズの大奮闘もあってこその歴史的な名勝負だった。
―The Last Champion ―
旧知の相手と好勝負も、
打ちあぐねて初戦敗退
[石川/前年度優勝]2年連続4回目
ちゅうじょう中条ブルーインパルス
【戦いの軌跡】
2回戦●1対2越前(福井)
一転のロースコア勝負
大会2日目の注目の好カード。神宮球場の第1試合、中条と越前の2回戦は、両指揮官の予想にも反してロースコアゲームとなった。
ともに4安打で中条が二塁打3本、越前は同2本。失策は得点に絡まない1つのみで、与四死球は中条が3、越前が1と、ほぼ互角の内容は手の内を知る者同士ゆえ、だったかもしれない。
【2回戦】神宮第1試合
中 条 000100=1
越 前 02000 X=2
「去年と同じ神宮(2回戦)でやることも子どもらは目指していたので、戻ってこられてまず喜んでいましたね」と越前の田中監督。前日の大逆転勝利を経て、ナインは達観したかのような落ち着いた佇まいをしていた。
相手を想定してのことだろう、中条・倉知監督の試合前ノックの打球は強くて速かった
一方の中条は、前年の優勝をフィールドで迎えた4人の6年生が中心。1回表は無得点ながら、右前打の三番・庭田凌成を含め、打者4人がいずれもバットの芯でとらえた鋭い当たりを放った。
3回には一番の向慶士郎主将が左中間へ二塁打。4回には五番・板倉汰知と、5年生・北翔輝の連続二塁打で1点を入れた。しかし、それ以上の得点は挙げられなかった。
中条は4回表、坂倉の左中間二塁打(上)と続く5年生・北の右中間二塁打(下)で1点
「接戦は予想してましたけど、こんなにロースコアになるとは思いませんでした。ウチが打ちきれんかったですね。打つべきボールを打たずに、狙っていないボールを凡打して悔しがるという連続で」(中条・倉知監督)
予定外の早い帰郷
昨年と同じ「一戦必勝」を掲げた中条は、選手主体の野球も変わらない。6年生を中心に、先を読んだ声掛けや指示もあった。
1回裏のピンチは併殺で切り抜け、2回裏も先発・寺岡倫太朗が好フィールディングでピンチを脱したかに思われたが、越前は下位打線がこの日もしぶとかった。
納谷の中前打と黒﨑の四球などで二死満塁とすると、一番・山本主将がカウント3-1から一塁線を破る先制の2点タイムリー。この2点目が決勝点になった。
越前の山本主将が打っては決勝二塁打(左)、マスクをかぶれば好送球。6回に3番手で登板(右)すると3連続奪三振で締めた
「めちゃくちゃ締まった良い試合でした。よく集中して守って、ピッチャー陣もよくがんばったと思います」と田中監督が語るように、越前は前日に2ケタだった投手陣の与四死球が1個のみ。先発の中橋が4回1失点とゲームをつくると、左の米沢をはさんで6回は山本が3者連続三振で逃げ切った。
中条は寺岡が最後まで一人で投げ切った。今大会での完投は、寺岡のほかに準決勝で完封した不動パイレーツ(東京)の阿部成真しかいない。
「いつも通りに良いピッチングをしたんじゃないですかね。四球も多少は出してしまうけど、相手のあの三、四番をしっかり抑えましたので」と、倉知監督も6年生右腕を称えた。
中条の先発・寺岡は今大会で2人しかいなかった完投も、1点に泣いた
予想外に早い帰郷となった前年王者は、8月中にローカル大会を制し、10月の県大会の予選となる地域予選も優勝。自主対戦方式のポップアスリートカップも勝ち続けており、「もう1回、神宮(同大会全国ファイナル)に行こう!」が新たなテーマになっているという。
「負けたのは指導力不足。子どもらの切り替えは早かったですね」と語った倉知監督にあらためて、全国2回戦の感想を聞いてみた。
「もうちょっと、できたんじゃないかと思います。力が出ないのも実力ですけど、大会初戦で緊張もあったと思います。あとはやっぱり、1回戦であの勝ち方をした越前の勢いが正直、怖かったですね」
6回表、攻撃前の中条ナインに焦りは見えなかったが…
猛打の大同点劇の末に初戦をものにした越前は、投手陣主体の守りで前年のチャンピオンも倒した。昨夏と同じベスト8という立ち位置まであと1勝。彼らの真の物語、1年前の続編はそこから始まると思われた。しかし、そこに立ちはだかる九州男児たちがいた。
(チーム・ルポ❸へつづく)