8月21日。大阪の新家スターズが、2年連続で学童野球の日本一になる前日のことでした。北陸の福井工業大学から、千葉県柏市のわれわれフィールドフォースに来客がありました。
福井工大の野球部と言えば、名門です。全国27の連盟(現在)の各優勝校によるトーナメントで大学日本一を決める、全日本大学選手権に今年も出場していました。後から調べてみると、2019年には同選手権で準優勝。今年は2回戦敗退でしたが、出場27校の中でも断トツで最多となる45回目の出場でした。
「福井工大から何人か見学に来られます」
事前にそう聞かされていた私は、目の前に現れた学生に面食らいました。いかにもバリバリの野球人といった、筋骨隆々の男子たちが帰省中にやって来て、ボールパーク(屋内練習場)で打ち込みでもするのだろうと思っていたのですが、まるで違ったのです。
襟のある白いシャツに、黒のスラックスをスマートに着こなした彼は、箱根駅伝に出てくるような華奢で爽やかな好青年。「福井工大カヌー部の後藤潤治と申します」と自己紹介されて、少し納得しました。
そして来訪者がもう一人。カヌー部の顧問も務めるという辻本典央教授が、最高学府で教壇に立っているとは思えないほど、若くて情熱的でハンサム。むろん、品位と知性も感じる人でした。
なるほどね。ん、でも、待てよ。カヌーって、あの川とか湖に浮かべたカヤックを漕いで競争する競技(失礼ながら、当時はその程度の素人知識でした)。それがなぜ、野球用具メーカーの弊社にまで足を運ばれたのだろう…。
写真はボート競技のイメージ。カヌー競技は、片手でパドルを操る
疑問はすぐに解かれ、共感と感心へと変わるのにも時間はかかりませんでした。彼らの来社理由は、カヌー競技用の練習ギアを開発したいので協力してもらえないか、という本気のリクエストでした。
水上のカヌーを進めるためにパドルを漕ぐ動作は「キャッチ」と「リリース」と言い、パドルで前方の水をつかんでから、手前に引き寄せてきて水から離す、という繰り返し。その「キャッチ&リリース」は、基本的に川(水)の上でしか練習できないのが大きな悩みで、地上や屋内の狭いスペースなどでも同様の練習ができれば、成果も上がるはず。
そういう思案をしている中で、SNSなどを介した情報収集で行き着いたのが、野球の平日練習用のマニアックなギアを開発・販売している弊社だった、とのこと。
彼らはまた、弊社の数あるアイデア商品にも詳しくて、興味津々の様子。辻本教授からは、こういう質問を受けました。
「例えば社長、インパクトスウィングバット(※下写真と説明参照)ですけど、あの誘導式の錘を200g(標準装備)にしたのは、なぜですか?」
私は即答しました。
「いや、感覚ですよ」
すると、教授の目がさらに輝きました。
「羨ましいです! 私の研究科目はデータ分析で、トライ&エラーは絶対に許されない世界なので。もし、あの錘を200gに決めるとしたら、何万人にヒアリングをしたり、各年代で試用を繰り返して適合する値を導くなどしないと、コンセンサスを得るのも難しい…」
【インパクトスウィングバット】全長65㎝。スイングに伴い、誘導式のウエイトが動いて先端で止まり、カチンと音が鳴る。屋内の狭いスペースでもフルスイングの素振りを可能としたギア
過去のコラムでも書きましたが、フィールドフォースは真逆のスタイルで歩んできています。『巧遅は拙速に如かず』――。たとえ上手でも遅いことは、少々は粗悪でも早いことには及ばない。この考えが根底にあるので、ヒアリングやテストや会議などには時間や人をかけずに、まずは突き進む。そして生じる、トライ&エラーの「エラー」も、サクセスへの手掛かりでしかないのです(第5回➡こちら)。
そのあたりを、彼ら2人にどこまでご説明したか。そこまでは覚えていませんが、私はこのように付け加えました。
「錘の200gが合わなかったら、代えればいいだけの話ですよ。実際、インパクトスウィングバットは発売後に、100gから400gまで錘を交換できるようにしました」
こうして私たち3人は意気投合。彼らの熱意に何とか応えたいと、私はすでに走り始めています。2人が教えてくれた水上での「キャッチ&リリース」の動作やポイントもヒントにしつつ、どのようにしたら地上の省スペースで同じ動作を再現できるかと、頭をフル回転させています。
そうした創造タイムは、苦しくもありますが大きな生きがいです。こちらから頼んだわけではないのに、社の本質を外部の第三者から理解され、その上で頼られるというのは、社長としても光栄でしかありません。
9月に入ってから社内の会議でも合意を得て、新たなプロジェクトが決まりました。
『ギアフォース プロジェクト』発足
あくまでも「野球トレーニングギア」の開発が主であることは大前提とし、その開発アイデアや商品化のノウハウから派生した、異競技用のトレーニングギアも開発・販売する。それによって、社訓でもある『プレーヤーの真の力になる』という目的を果たす。そのための新たなタスクです。
野球でもカヌーでも、またそれ以外の競技の方々でも、スポーツを愛好するという意味と括りでは、同じ『プレーヤー』でしかありません。また実は2年ほど前から、ゴルフ練習用に改良したギアを販売しています(=下写真)。
もっと以前の社の創業期の約5年間は、OEM供給(委託先のブランド商品を生産)を主な業務として、野球以外にもサッカー、テニス、バスケットボール、ゴルフなど、あらゆる競技のボールや道具などを製造していました。
その経験と下地があるので、サッカーボールやテニスボールを作るのは造作もないこと。しかし、例えば小学校高学年生用のサッカーボールという消耗品を、直径約20.5cmで重さが約370gという規格に沿って作るのは、テクニカル上は簡単で可能も、面白みも興味も何ら感じません。また、そういう規格通りの消耗品を製造するだけでは、『プレーヤーの真の力になる』とは言えないと私は考えています。
フィールドフォースが目指すところは、自分たちのアイデアとノウハウを持ってして、プレーヤーの練習環境をプラスへと変革していくこと。それもまた、野球競技や少年野球に限定する必要はないし、異競技へも応用できるギアが無数にある――。
改めて気付かせてくれたのが、夏の福井からの来訪者2人でした。
野球の打つ・投げる・走る・戻る・捕る、などの動作は、他の競技のどの動作に重なるのか…気付けば、ふとこんなことをよく考えている最近です。
(吉村尚記)