ボールの重さ(負荷)や回数(ボリューム)、自分のポジション(体の向きや姿勢)などを適宜変えながら、近くの壁にボールを投げ込む。いわゆる「壁当て」が、球速やスイング力を向上させるトレーニングとして見直され、日本の野球界で急速に広まりつつあります。
向上心や好奇心の旺盛なみなさんからは「何を今さら!」と突っ込まれてしまいそうですが、トレンドのひとつであることは間違いありません。それを裏付ける証拠が、われわれフィールドフォースにもあります。
昨秋に発売した、壁当て用の壁ネット『モンスターウォール』=上写真)が、爆発的なセールスを続けているのです。予想も超える大ヒットはうれしい限り。とはいえ、それを自慢するためだけに紙幅を使う気はありません。
東洋大学硬式野球部では公式戦の前に、球場外でも使用
私がお伝えしたいのはむしろ、そこまでの過程です。意外なきっかけから、思ってもみない顛末に私自身が少々、たじろいでいるところも。『卵が先か、鶏が先か』の哲学的な問答まで想起するようなサイクルが自ずと生じて、新たな感慨を抱くに至っているのです。
フィールドフォースは、大量生産システムで利益を得るような大企業ではありません。かゆいところに手を届かせるようなマニアックで独創的な商品を、適正価格で販売するベンチャー企業です。野球の現場や選手たちの細やかなニーズに応えつつ、「平日練習」という、従来からありそうでなかった市場を開拓。そういう実績とバックボーンがあるからこそ、野球界の頂点のカテゴリー、プロ野球(NPB)の球団からもリクエストをいただけたのだと私は解釈しています。
パ・リーグの埼玉西武ライオンズからの依頼に応える形で、プロ選手用の特注の壁(=下写真)を納品したことは、前編(コラム第27回)で書きました。話によると、今ではシーズン中でも当たり前のように、プロ選手たちは「壁当て」をしているそうです。でも、そのせいでスタジアムのフェンスや金網が破損や変形をしてしまい、そこに投げ込む行為の一切を禁じる球場も増えてきている、とのこと。
そういう事情から、使用スペースも価格帯も手ごろで、頑丈な「壁」を所望していることを西武球団から打ち明けられ、われわれは独自のノウハウとスピード感をもって、それに応えたのでした。また、その成功に追随する形で、アマチュアの選手用にも「壁当て用の壁」の開発に注力しました。
全力で投げ込んでも、ボールも壁も変形や破損をせずに、ボールがゆったりと戻ってくる。これらの条件とそれを満たす原理は、西武球団へ収めた特注品のままでいい。そしてそれを、より広い用途で、より安価で、移動や収納も容易なものとする。そういう「壁」(商品)を生めば、小・中・高・大の学生野球の現場や自主練習の環境において、大いに重宝されるはず。その確信と期待が、開発意欲の火に油を注いでいました。
もちろん、言うほど簡単なことではありません。先述の壁当て用の壁ネット『モンスターウォール』の仕様が固まるまでに、大小のテストと改善改良をどれだけ重ねたことでしょう。
メディシンボールや硬式球も使用可能な壁ネット
根本的な課題は「重量」でした。西武球団への特注品は重さが約55kg。これを最終的には、約10kgにまで絞りました。
まずはボールを受ける「壁」を、ポリエチレン製の特殊で頑丈なシートにすることで、大幅な減量に成功。これで重さの課題はほぼクリアしましたが、軽いがゆえに「不安定」という副作用が生じてしまいました。
いかに安定したまま、衝撃を吸収するか――。これが難問でした。まずはフレームの一部に、釣り竿などにも使われるグラスファイバーを使用。この素材はガラス繊維の張り合わせであり、よくしなるのが特長です。繊維のきめ細かさや張り合わせの向きによって強度の調整も可能で、100%折れないわけではないけれど、木の棒のようにポキッと真っ二つには折れない、という特性もあります。
しかし、グラスファイバーの「しなり」だけでは、衝撃吸収にも限界がありました。特殊シートへボールを全力で投げ込むと、土台そのものが押されて動いてしまうのです。これを解決させたのが、新たな構造原理。要は、物理の法則を応用しながら形状を変えていくことで、正解(=下写真)を導いたのです。
直線方向に働く力は、斜めの角度で受け止めると抑えられる(緩和される)という法則があります。そこで、グラスファイバー製の支柱と特殊シート(壁)を少しずつ傾けながら、直線的な力(正面から投げ込まれるボール)に対するテストを重ねていきました。そしてついに、ベストの壁の角度(衝撃緩和の最大値)を突き止めました。さらには地面や床と接する土台についても、設置面積を大幅に減らすことで、投げ込まれた際の衝撃と反発力の分散にも成功。
こうして生まれたのが『モンスターウォール』。西武球団へ特注の壁を収めてから1年強で、市場に投入できました。この売れ行きは冒頭に記した通りです。
OEM商品の受注生産から手を引きつつ、自らが創造開発するベンチャーへの道を歩み出してから、10年と有余年。社の創設メンバーでもある私は、当初から『適正価格で販売する』というモットーを貫いています。それこそ購入者、つまりプレーヤーのお役立ちに不可欠と考えているからに他なりません。もちろん、販売価格には一定の利益も載せています。それでも、生産原価にまるで見合わない高値がつけられている、野球用品の数々とは決定的に異なると自負しています。
「適正価格」を守るには、人気と知名度のあるプロ選手の力を借りて宣伝するのは得策ではありません。逆に言えば、そこに手をつけないからこそ、適正価格を維持できるのかもしれません。ともあれ、そういう理由から、私の中ではプロ野球へ一種の“アレルギー”のようなものが勝手に醸成されていたのは確か。はっきりと言えば、「プロに頼らざるべし!」という不文律、オキテ(掟)のようなものが長らく存在していたのです。
ところが、です。野球界を下支えする全国各地の少年・少女たちの真の力となるべく、練習環境を変革するアイデア商品を生み出してきた結果、野球界の頂点にあたる「プロ」のほうから触手が伸びてきたのです。そしてその思わぬアプローチにも誠心誠意を尽くしてきた結果、「プロ」の触手は横へも広がり、球界最高峰の練習環境の変革にも関与を始めている。さらにそこで生まれたアイデアやノウハウが、今度は「少年少女」たちのための商品に応用されてきている。
西武球団へは「壁」以降も、特注品を続々と納めてきている。ブルペンと球場とを望む『移動式見晴らし台』もそのひとつ。写真上はその開発当初のデザイン、下は納入品
まさしく今回のコラムの見出しの通り、『壁に耳あり、将来に芽あり』の現象が起きているではないですか!? そして気付けば、私の中にあったプロ野球への“アレルギー”も、すっかり消えていたのです。
そこで改めて、断言させてもらいます。対象が少年少女であろうと、プロ選手であろうと何ら変わることなく、誠心誠意をもって創造開発をしていきます。我らが道は永久に不滅です! 巨人軍の栄光の背番号3を失ったショックを心の奥で引きずりつつ、そんな締めとさせていただきます。
(吉村尚記)