2年ぶり3回目の出場となる西埼玉少年野球(埼玉)は、2週間前に肩を負傷した主将がベンチスタート。初出場の羽川学童野球部(栃木)は、インフルエンザで3人が欠場。ともにベストオーダーを組めなかった一戦は、25人枠を4・5年生だけで埋めた西埼玉が、2回から毎回得点でものにした。どんなにリードしても、抜け目のない攻守は志の高さゆえだろう。一方の羽川は、ミスも絶えず劣勢が続いたが、新人戦にありがちなガミガミもドタバタもなし。大舞台に残した足跡は、最終回の3点だけではなかった。
※学年未表記は5年生
(写真&文=大久保克哉)

■1回戦
◇11月22日◇ノーブルホームスタジアム水戸
◇第2試合

西埼玉少年野球(埼玉)
012116=11
000003=3
羽川学童野球部(栃木)
【西】渡辺、鈴木-清水、横田来
【羽】渡辺、西村、酒巻樹、生澤塁、荒井-西村、渡辺
【評】先攻の西埼玉は三番・會田健心と四番・中村湊の連打、羽川は2四死球と、それぞれ初回にあった先制機を生かせず。両先発投手が踏ん張ったが以降、圧巻の投球を披露したのは西埼玉の右腕・渡辺桜生(=上写真)だ。2回から5回まで羽川打線をシャットアウトし、初回から毎回の7三振の快投。西埼玉は攻めても主導権をキープする。2回表、田野一ノ進の右前打に敵失、犠打で一死三塁として八番・相川颯汰(4年)が中前へ先制タイムリー。さらに3回表も、中村湊の左前打に盗塁、敵失で無死二、三塁として、田野の内野ゴロと鈴木聖絆の中前打で3対0に。羽川は後半から継投に入るも、長い守りが続いた。4回に無安打で加点した西埼玉は、5回には代打・武内瑛汰主将の左前タイムリーで5対0に。そして6回表には、打者13人で6点を奪い、完全にダメを押した。羽川は6回裏、代打・鈴木遼太郎の右前打を皮切りに、三番・荒井琉翔主将、四番・酒巻樹我、五番・西村燈李の3連打などで3点を返して意地を見せた。(了)
西埼玉は2回表に八番・相川(4年)が先制タイムリー(上)、3回には七番・鈴木がタイムリー(下)。ともにセンター返しの打撃だった

西埼玉の六番・田野は2回に先制の口火となる右前打、3回は無死二、三塁から遊ゴロ(上)で1打点。一番・清水洋(下㊧)は4回、先頭で四球を選ぶと二盗、三盗を決めて内野ゴロで生還して4点目

6回表、西埼玉は四番・中村湊が3安打目となる適時内野安打(上)。代打・中村想斗も左前タイムリー(下)など6得点で11対0に

最終6回裏、羽川は代打・鈴木遼の右前打(上)から反撃開始。一死一、三塁から荒井主将が中前タイムリー(下)

6回裏、1点を返した羽川はなお、四番・酒巻樹(上)と五番・西村(下)の連続タイムリーで計3点
―Pickup TEAM―
大敗も、確かな足跡。栃木王者はまだまだ繁栄の予感

羽川学童野球部
[栃木県]
ぐうの音も出ない完敗だった。先発の渡辺湊斗が初回二死一、二塁のピンチを脱し、その裏に2四死球から重盗を決めるまでは、イーブンペース。しかし、先制機を逸して以降は、埼玉王者の分厚い戦力とパワーに押し込まれ、耐えるばかりの苦しいゲームとなった。

敗退した選手たちは、一塁側の通路を抜けて球場を背にしたところで輪に。その中央で、酒巻祐樹監督が語り始めた(=上写真)。
「チームの総合的な能力も個々の力も、やっぱり向こうのほうがあった。そういう相手を、いつもと違う試合展開にさせるのが今日の課題だったと思う。そういう意味では、初回に0点で抑えたのは良かった。ただ、こっちは初回に点が欲しかったよね。そこで簡単に点をくれないのが強豪チームなんだと思う。今度はそこで取れるだけの力を自分たちも持って、またこういう舞台に帰って来よう」
この秋、栃木県の新人王に初めて輝いた羽川学童野球部は、精度の高いバントと機動力を武器とする。だが、2回から5回までは1人の出塁も許してもらえず、宝の持ち腐れに。
相手は逆に単打を11本。さらに小技と機動力で、かく乱されてしまった。2回、3回、5回、6回とミスで傷口を広げては、タイムリーを浴びるという悪循環を抜け出せなかった。

3人欠場で左利きの荒井琉翔主将は遊撃守備へ(上)。5回のピンチで救援した三番手・酒巻樹(下)は、簡単に二死を奪ってから捕まった

流行りのインフルエンザで3人が欠場し、左利きの荒井琉翔主将が不慣れな遊撃を守るなど、ベストには遠い布陣。5投手で6イニングを乗り切るのがやっとだった。
けれども、30代の青年監督は「忍」の一字を心に決めたかのように、苦境でもじっと戦況を見つめていた。時に掛ける言葉はどこまでも前向きで、声を荒げたり、フラストレーションや負の感情を露わにするなど微塵もなし。もちろん、勝負を捨てたからではない。6失点で0対11となって迎えた6回裏の攻撃前には、選手たちへ短くこう語りかけていた。
「いっぱい点を取られたな。でも爪跡残をそうな!考えるのも、振り返るのも、(試合の)後!!」

酒巻監督は、地元の国学院栃木高で関東大会出場など、現役時は起伏にも富む輝かしい実績がある。そこで得た教訓のひとつは「監督にとっては何気ないひと言でも、選手には良くも悪くも大きく響くことがある」。
旧態依然もあって、選手が7人にまで激減していたチームの指揮官を引き受けたのは4年前。初陣で0対50の大惨敗を喫してからは、プライドをかなぐり捨てると、目線も腰も自ずと低くなった。組織を動かす者として、人を導く者として、模範たる先駆者たちからもどん欲に学び、まずは自分を懸命に変える努力をしてきた。

やがて栃木市で勝ち、県大会に出るようになっても、「ちょっと熱くなって言い過ぎた」と自省を常に怠らない。すると、どうだ。選手や保護者の表情は豊かになり、チームの雰囲気もすっかり変わって、今では30人規模となっている。
そういう過程を経た指揮官とチームだから、関東大会へ来たからといって鼻が伸びたり、色気が出たりしない。劣勢に次ぐ劣勢だからといって、取り組みも姿勢も変わるはずがなかった。
「爪跡を残そう!」
指揮官の呼びかけに、まず応じたのは背番号7の鈴木遼太郎だった。6回裏、先頭打者として代打で右打席に立つと、カウント2-2から二塁手の頭上へ鮮やかに打ち返した。空振りと凡打が続いてきた打線から初めて生まれた、クリーンヒットだった(=下写真)。


「すごく緊張したんですけど、生澤(駿)コーチが(ジェスチャーで)笑って!とやってくれて、バッターボックスで笑ったら、それが自信になってヒットを打てたというか…」
こう振り返った鈴木遼の一打で、上位打線も奮い立った。クリーンナップの3連打などで3得点。栃木王者は確かに、爪跡を残した。
突破口を開いた鈴木遼のヒット。これを誰よりも喜んだ指揮官は、敗退後のミーティングの途中で言葉を詰まらせるシーンも。
「秋の最初はレギュラーだったリョウタロウ(鈴木)がね、最近はずっと打てなくて先発を外れて。でも最終回に『行ってこい‼』と言われて、あの1本から始まったよな。デカかったな、あのヒット。たぶん、リョウタロウも悔しい気持ちをずっと隠しながら、誰も見てないけど家で努力してる。それが打線に火をつけた…」

酒巻監督は、長男の樹我と近所に住む鈴木遼とで自主練をしていることを知っている。また鈴木遼については、筆者にはこう話していた。
「ザ・マジメで伝えたことはとことんやる子。でも不器用なので、中途半端な指示をするとワケがわからなくなっちゃう。だんだん打てない、守れないでレギュラーを取られて、お母さんも含めて気持ちが落ちてたんですけど、代打でチーム初ヒットを打ってくれるなんて。やっぱり、努力をしてきたからこその人間が力を出すんですね、さすがです」
語るその目は潤んでいた。選手の頭数が増えても、そうして一人ひとりを理解して寄り添う姿勢は不変だろう。

大敗しようが、詰問も怒声もないミーティング。指揮官を素直に見つめる選手たちの心も、大きく開かれているようだった。穏やかでも一つになった話し合いの輪は、30番のこういう呼びかけでお開きに。
「11点も取られたのは、むちゃくちゃ悔しい。でも力負け、完敗だよね。だからそれはそれで、グラウンドに帰って冷静に分析しよう!来年のマック(全日本学童大会)で、全国舞台でまた勝負できるように、この冬はどんなふうに過ごしていくのか、みんなで話し合って決めていこうな!」
勝った負けた、だけが存在意義ではない。彼らにそんな自覚はないだろうが、羽川学童野球部はすでに新時代の先駆けとなり、走り出している気がしてならない。まだまだ、強くなる。もっともっと、大きくなる。

