野球もスポーツであり、試合をすれば勝敗は決する。でも、チームに貢献したという意味でのヒーローには、勝者も敗者もないのかもしれない。5年生以下の新チームの東京王座をかけて決勝で対峙した両軍には、大人も6年生も顔負けという感じのヒーローが、それぞれに異彩を放っていた。
(写真&文=大久保克哉)
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“真のスーパー3年生”現る

高鹿朝陽
[レッドファイヤーズ/三塁手]
レッドファイヤーズの西田繁監督の評価に、偽りはなかった。
「6年生の試合でも活躍できるレベルの3年生」
高鹿朝陽は、都新人戦の決勝も八番・三塁でスタメン出場。そしてあと1球で敗北という土壇場で逆方向へ同点タイムリーを放ち、サヨナラVへとつなげてみせた。
「カウントが3-2だったけど、(満塁なので)甘い球がくると思ってたから、アウトコースに手を出したら当たってくれて良かったです」

6年生どころか、大人でも足が震えるような場面だった。特別延長の7回裏、8対9と1点のビハインド。一死満塁からスクイズ失敗で、アウトの数だけが増えて迎えた打席だった。
ファイヤーズの一塁側ベンチには、まだ出番のない5年生もいたが、指揮官は動く素振りもなし。右打席の3年生もドンと構えてボールを見定め、押し出し狙いのような小賢しい動きを一切しなかった。そして先に追い込まれてから生まれたのが、前述の同点打。打球は緩いライナーとなって、右翼線で弾んだ。

身長は140㎝にも満たないだろうが、胴体も足も声も太い。それでいて動きは滑らかで、三塁守備も安定している。「力が入っていると動けないから、お父さんから『力を抜いて楽にやれ!』と言われているので、力を抜いて楽にしています」
圧巻は6回表、二死二塁からの守備とコメントだった。三遊間のゴロに身体ごと飛び込んでグラブに収めた高鹿は、すぐさま立ち上がって一塁へ送球(=下写真)。


3年生の肩は5年生(打者走者)の足には勝てず、内野安打に。しかし、ヒット性の打球を内野で止めただけでも大いに価値あり。それをまた試合後の3年生が、堂々と語るのだから開いた口がふさがらない。
「あそこはランナー二塁でしたよね。あれをスルーしたら(外野に抜けていたら)、1点入ったかもしれないけど、飛び込んで防げたので良かったです」
そこまで状況を読んでプレーできる小学生は、夏の全国大会の6年生でもそうはいるまい。末恐ろしい3年生は父の厳しい指導も受けているとあってか、勘違いした言動もなく、いたって謙虚。このあたりもまた“真のスーパー”たる一因だ。

「(自分が)すごいとかなしで、5年の代の大会に出てるから、まずチームに迷惑かけないように。バッターではタイムリーを打ったり、守備ではエラーしないように考えています。(関東大会でも)どんな試合でも、強い打球でもノーエラーをすることと、バッティングではヒットを狙うことを考えます」
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“真のスーパーサブ”現る

いとう・つなぐ
伊藤 維
[レッドサンズ5年/捕手]
“激レア”な学童球児は、都新人戦決勝の敗軍にもいた。いや、ここまでやるスーパーサブは、学童球史の後にも先にも彼しかいないのかもしれない。
現場を取材して15年の筆者も他に出会った試しがないし、全国3位の実績もある智将、門田憲治監督も感心しきりの様子でこう語る。
「これだけ人数がいて(5年生20人)、試合になかなか出られないと、ちょっとつまらなくなってしまうのが小学生だと思うんですけど、彼はそうならない。ぜんぜん」


レッドサンズの背番号19、伊藤維はレギュラーではない。けれども、試合となれば背番号30の大人とも同等に存在感を発揮している。
試合場に入ると「監督、今日もボク、いっぱい受けますね!」と自らブルペン捕手を務める。そして攻撃中はファウルボールを拾いにいき、好機ではランナーコーチにも的確にアドバイスをする。例えば、満塁時にはベンチから三塁コーチの名前を読んで「セカンドランナーを指示してね!2人目もかえすよ!」と。この声掛けだけでも、どれだけ野球を理解しているかが分かるというものだ。


イニング間には捕手の装備も手伝い、守りが始まると、時には何やら書き込んであるらしいノートを手にして、フィールドの仲間へ大きな声を発する。
「このバッター、レフトオーバーいってるから、下がって後ろからアプローチね!」
ここまで具体的な指示も、前打席の結果を受けてのことだけではない。強敵と対戦する場合には、伊藤は対戦相手の試合動画などにも事前に目を通している。そしてデータを収集・分析し、注意点や対策を全員に説明することもあるという。大人の並のコーチ以上の働きぶりではないか。

「大会中、彼はずっとそうでした。みんなに見えているところでは、ああやって自分から動いて、すごく良い雰囲気をつくってくれる。また見えていないところでも、チームのために時間と頭を使ってくれている」(門田監督)
もちろん、アスリートの道も断念していない。準々決勝では終盤に代打で登場。結果は三振ながら、初球ストライクから力強いスイングを見せていた。決勝戦は最後まで出番は訪れなかったが、指揮官の頭には「伊藤をどこかで使ってあげたい!」との思いが常にあるという。


「今日(決勝)はそういう展開にもできなかったので、彼(伊藤)にも申し訳ないなと。ただ、彼のコーチングとか貢献の仕方というのは、他の子も見て分かっている。みんながみんな、この先もずっとレギュラーで野球をしていけるわけじゃないと思いますし、今の彼は結果として、みんなに見本を見せてくれている気もします」(門田監督)
本人にはじっくりと話を聞ける時間がなかったが、これだけの“超スーパーサブ”とその理解者がいるチームのことだから、きっとまた上に勝ち上がってくるはず。決勝の会場を引き上げながら、伊藤は短く話してくれた。
「この大会はエース(野村雄大)がケガで投げられない中で、みんなでよく力を合わせて決勝まで来れたと思います。来年夏のマクド(全日本学童マクドナルド・トーナメント)で優勝するのが目標です」