選手もお父さんもお母さんも。さらに指導者もいっしょに幸せになれたら、素敵ではありませんか!? 大人向けのメンタルコーチングの連載は、新たに指導者編に入ります。もちろん、前回までの保護者編も、指導者のみなさんに応用いただける部分が多々あります。高価なアイテムも高度な野球スキルも戦術知識も不要。大切なのは学びの心と実践です。
[監修/諸星邦生]
vol.4
選手の「0」をプラスへ転じる方法
同じ指導者でもジャンルやカテゴリーによって、求められるものが違ってきたりします。今回からお届けする「指導者」向けの基礎編は、学童野球に特化して進めていきたいと思います。
私は昨年の夏まで20年以上、体育科の教諭としてまた高校野球の監督として、教育現場に携わってきました。その晩年になって、非常に強く実感していたのが「教育の在り方」の変化でした。
時代の移ろいとともに、生徒の思考や価値観、保護者の関わり方や要望、教師や指導者の立ち位置も様変わりしてきたように思います。昭和の時代の画一性や当たり前が、ご法度や不謹慎となることも珍しくありません。変化や多様性は、まだまだ加速しているようにも感じます。
そうした中で、やりづらさや戸惑いを感じているという、学童野球の指導者も少なくないことでしょう。でも、いつの時代も変わらないのは、みなさんが目の前にしているのは子どもである、という事実。体も心も頭脳も大人には程遠い、6歳から12歳までの小学生が相手です。
遊びで個々を把握
では、お聞きします。指導者のみなさんは、自分のチームの選手たちのことをどのくらい知っていますか? 学童野球チームの大半は、週末の活動がメインですから、学校や家庭での様子を知ることはなかなかできません。そこまで深入りをしなくてもいいと私は思います。
ただし、選手の一人ひとりが、週末の活動にどういう気持ちでやってきたのか。このあたりを知るのは難しくないはずで、知ることによって選手の背中を押してあげることもできたりします。
オススメの「知る」方法は、野球の練習の前に「遊び」から入ること。どんな遊びでも構いません。ウォーミングアップの中に「鬼ごっこ」や「ドッジボール」を組み入れてもいいでしょう。大切なのは、子どもたちが自ずと夢中になる「遊び」であること。「野球」や「練習」という意識が介在したり、大人の過度な監視があると、楽しめない子どももいると思います。
ですから、指導者はあくまでもさりげなく。存在を消しつつ、しっかりと個々の様子を観察することをオススメします。すると、いつも元気な子が冴えない表情をしていたり、動きが緩慢だったり。そうした気付きから、体の不調や痛みなどを察知できることもあるでしょう。
遊びも毎回重ねるほど、個々のささいな異変にも気付けるようになると思います。5分でも10分でも構いません。ぜひ、そういうトライから、鋭敏で懐の深い指導者になっていってください。
聞き取って可視化の利点
まずは「観察」。そして「コミュニケーション」が、選手たちを適切に知るキーワードです。そのツールとして、下のような表を作成して活用するのもオススメです。
表の項目にあるのは、守備・打撃・走塁・バントなど、練習の大枠にもなるもの。それと投手から右翼手までの全9ポジションです。隣の列は、それぞれの「好き・嫌い(得意・不得意)」度を5段階で示せるようにしています。
可能なら、一人ずつ聞き取りをしながら、表に記入していくのがベターです。1対1のやりとりの中で、新たな発見や認識があるかもしれません。指導者は、自分の先入観や主観がいかに現実と違っていたかを悟ることもあるでしょう。選手もまた、自分の考えや特徴をあらためて知る良い機会になることでしょう。
何となくや、うやむやだったものを可視化して残せる、というのも表を用いるメリットです。項目に決まりはありませんので、指導者のみなさんもご自身で考えて作成、活動をしてみてください。
「聞く」と「聞かず」の差異
では、少し専門的な話に入りましょう。
「コーチング」と「カウンセリング」の違いを、ご存知でしょうか。
メンタルコーチングの分野では、「カウンセリングはマイナスを『0』にすることで、コーチングは『0』をプラスにすること」と言われています。ケガや病気にならないようにする「予防(医療)」と、ケガや病気の症状を治す「治療(医療)」との違いに、近いのかもしれません。
スタートラインが「0」なのか、マイナス(0以下)なのか。これを知るにも「コミュニケーション」が不可欠です。
人の心持ちは刻々と変化します。どの週末も、同じ心の状態で活動に参加する選手はいないはずです。各々の状態を把握する(知る)ことは、その日一日のマイナスをなくす作業になるとも言えるでしょう。
では、コミュニケーションの具体例を2つ、ご紹介します。
【パターン①】※「0」をプラスに
指導者「今日は元気がないみたいだけど、どうした?」
選手「そんなことありません」
指導者「そうか? それなら、もう少し元気出せそうか?」
選手「はい! 元気出します!」
【パターン②】※マイナスを取り除く
指導者「今日は元気がないみたいだけど、どうした?」
選手「え~と、昨日の夕方から妹が熱を出して、親と病院に行ったりしたので食事も寝るのも遅くなって…」
指導者「そうだったのか。それなら少し休むか? それとも頑張れそうか?」
選手「ありがとうございます。頑張ってみます!」
上記のような会話だけでも、選手の状態を知ることができます。つまり、「知る」とは「聞く」なのです。
見た目や指導者の感覚だけで判断をすると、何でも一方通行になりがちです。勘違いや誤解も大いにあることでしょう。指導者からの一方通行というのは、選手のプラスになかなか働いてくれません。一方、コミュニケーション(聞く)で「知る」ことができると、選手の「0」を「1」に、「1」を「2」に引き上げてあげることが、割と容易になります。
指導者も「0」から「1」へ
私は指導者になって長いこと、「0」を「10」にしようと試みてきました。懸命に考えてトライを重ねましたが、思うようにはいきませんでした。それがあることをきっかけにして、「0」を「1」にする指導ができるように。すると、肩の力も抜けて、選手を認めてあげることも自然とできるようになってきました。
指導者が選手の「0」を一気に「10」にしようとすると、何が起きるでしょうか。指導者の感情が崩壊し、自分自身をコントロールできなくなります。練習の雰囲気は悪くなり、選手のモチベーションは下降します。すると、何をしてもその状態から切り替えるのは難しく、その日一日はマイナスで終わってしまいます。
私自身が、そういう苦い経験も繰り返してきました。現役の指導者のみなさんには、同じ轍を踏んでほしくありません。そのためにも、小まめに「知る」をまずは実践してほしいものです。
選手を「0」から「1」に引き上げられると、指導者も「0」から「1」に引き上がるものです。その過程を踏むことで、指導者としての自信にもつながっていくことでしょう。
一日のスタートは、選手の状態を知ることから。この週末から、ぜひ!