選手を知るのは「聞く」ことから始まりますが、選手は「話す」ことで思考力が育まれ、それがまた成長を後押ししてくれます。指導者向けのメンタルコーチング基礎編第2回は、いかに選手に喋らせるかがテーマ。昭和の時代には当たり前だった「指導者=厳しい・怖い」という固定観念も覆して、選手たちとの活発なコミュニケーションから幸せになりませんか!?
[監修/諸星邦生]
vol.5
選手の思考力や成長を促す会話のコツ
指導者は、選手のやる気を出すことに 関しては意欲的であったが、やる気がなくなってしまう可能性に対しては比較的無関心であるということがわかった――。
上記は、高知工科大学の江口遥奈さんの論文『指導者と選手の「やる気が出る教え方」の認識の差異について~中高生を対象とした事例研究~』の一部です。
研究対象は高知県内の女子卓球部の指導者と選手たちで、インタビューとアンケート調査を実施した結果、非常に興味深い結論を導いています。
中でも「選手がやる気をなくしてしまう可能性に対しては、比較的無関心である」という点について。学童野球に限らず、スポーツの指導者で思い当たる方々が相当数いるのではないでしょうか。
「無関心」というよりは「無頓着」。実は自分(指導者)の言動が、選手のモチベーション低下を招くこともある。この事実を自覚している指導者は、とても少ないと思われます。
では、その言動の「言」、子どもたちと話をすることの重要性や意義、そこで用いる言葉や口調による変化・効果について、今回は掘り下げていきましょう。
指導者のみなさんはチーム活動の中で、どのようなシーンでどのように、選手たちと話をしていますか? また、その際には、どういう話し方や言葉遣いをしていますか?
ミーティングは1日の始まりと終わり、練習や試合の前後に行うチームも多いと思います。練習中は個々に声を掛けたり、アドバイスをしたり。試合になると、確認や指示も頻繁にありますね。ランチタイムや休憩の際には雑談したり、談笑することもあるでしょう。
このように、指導者と選手とが話をする機会は、非常に多くあります。では、そういう日常のシーンを具体的に思い返しながら考えてみてください。
独演会か、話し合いか
選手と話をする際の、自分(指導者)の立ち位置やアプローチは、どういうものか。漠然とし過ぎて考えが及ばないという場合は、こういう基準に照らしてみてください。
選手に話を聞かせているのか、選手と話し合っているのか――。
当然、それも場面によって変わってくることでしょうが、学童指導者は前者の割合が圧倒的に多いと思います。話し合っていたつもりが、結果として指導者の独演会となっており、自身の価値観や経験則に同意を求めているだけというケースも少なくないことでしょう。
小学生は心も未熟で、情緒もまだ不安定。野球スキルの習得と同じく、言葉や話を理解する力やスピードも個人差が激しいものです。ですから、質問や問い掛けに対して答えがすぐに返ってこないこともあって当然なのです。
それなのに、ノーリアクションに激昂して独演の度を強めたり、「やる気が感じられない!」「覇気がない!」などと、主観で断じるのはナンセンス。また、選手たちの返答が「はい」「いいえ」「そうです」「違います」、この4つ程度しかない場合にも、指導者側の話し方や問い掛けを見直してみてもいいかもしれません。
子どものリアクションが乏しい。何をどう聞いても、沈黙の状態が長い。こういうケースでは、指導者はまず冷静になるべきです。そして、無反応や無言の理由は答えが分からないからなのか、自信がないからなのか、それ以外に何かあるのか。このあたりを追加の質問で把握することができれば、話し合いは成立していくことでしょう。
子どもは話すことで思考力が育つ、と言われています。自ら話をすることで「言葉」をより覚えていきます。そして、思考力や判断力、共感力といったコミュニケーションスキルを身につけていきます。
したがって、選手たちに「喋らせてあげること」も、指導現場では大切な要素だと私は考えています。人の話を聞くことはできても、それがイコール「理解」ではないのだ、ということを私も過去に幾度となく痛感させられてきました。
そう、かつての私も上から目線の強い言葉で、一方的に話をすることが非常に多い指導者でした。そして選手たちから「はい」しか返ってこないことに、当初は違和感すら覚えませんでした。しかし、この循環からは何も生まれない、得るものはほとんどない、ということをやがて悟りました。
学童野球の現場でも、話をする際には子どもたちに喋らせてあげることから入ることをオススメします。
子どもから聞き出す
朝のスタートであれば「今朝は何を食べてきましたか?」など、答えやすい身近な質問でもいいでしょう。試合後であれば「今日の試合はどうでしたか?」など、指導者側の評価や主観をあえて伝えずに、漠然と尋ねることも、返事をより促すポイントです。
主役である、子どもたちの口からまずは聞き出してあげる。感じたことや思ったこと、うまくいったことや逆にいかなかったこと、分からないことなど。そこには本来、正解も不正解もありません。大人であれば、子どもが発した内容に応じて話をするのは、それほど難しいことではないはずです。
子ども相手の「話し合い」は、そういう手順やアプローチによって初めて実現することが多い、というのが私の経験則です。もちろん、どうしても外さずに伝えたい内容・タイミングであったり、教育的な見地から段階を踏んでいくようなケースでは、予め話す内容を決めておくことが必要なときもあります。
そういうケースは別として、子どもの感覚を優先、尊重する意識が指導者に芽生えるだけでも、コミュニケーションが活発になってくるはずです。もっと言えば、「コミュニケーション=愛情」だと私は考えています。
話し合うことが日常的になると、大人からの一方通行の指導も減るはずです。子どもたちは自らの考えや思ったこと、感じたことを、自分の言葉で発することができるようになってくる。そしてその積み重ねが意欲や自信につながり、自信がまた成長を加速してくれます。
言葉遣いを使い分け
話をする指導者の口ぶりやトーン、言葉遣いも、子どもの発言を促す上でのキーポイントになります。
「~しろ!」「~だろ?」という命令や強い口調は、押しつけや強制につながりやすく、選手の自発性や主体性の芽を摘んでしまうことにもなりかねません。
指導者が一方的に語るだけでは、真の理解をあまり得られない――これに気づいてからの私は、チーム全体で話をするときには「~しましょう」「~してください」という語尾を用いるなど、丁寧な言葉を使うように心掛けました。
結果、選手たちに安心感を与えられるようになったと思います。話をする私自身にも落ち着きが生まれて、選手たちを静観することもできるようになっていきました。
一方、選手個々と1対1で話をするときには「~しよう」「~だな」といったように、フレンドリーな感じの言葉遣いを意識的に。それによって、指導者が伴走してくれているような気持ちが選手には生まれてきたのだと思います。その証拠に、会話がどんどん弾んだり、技術面の微妙な感覚を言葉にして共有することもできるようになったりしました。
全体への声掛けと、個々への声掛けで言葉遣いや口調を意図して使い分ける。それによって、指導者に新たな気づきや心に余裕が生まれることもあるでしょう。まして相手が小学生となれば、「言葉遣い」だけでも抱かれるイメージは大きく変わるものです。
体のサイズもパワーも野球のスキルも経験も知識も、子どもは到底及ばないのが指導者です。そういう絶対的な上下関係がある上でなお、100%の服従と成功のみを求めるような強い言葉のアプローチが、必ずしも悪だとは言いません。
ただし、子どもながらに考えたり、それを人に伝えたり、時には道に迷ったり道を踏み外したり。そういう経験を重ねていくことのほうが、豊かな人間性が育まれると思います。
コミュニケーションが密で活発になるほど、指導者と選手の相互理解も深まります。もし、選手のモチベーション低下が見て取れたとしても、その理由や解決策を話し合いから導くこともできるはずです。良くも悪くも、指導者のアプローチひとつで選手は確実に変わってくる。これも押さえておいてほしいポイントです。
[野球まなびラボ 理事]
もろほし・くにお●1978年生まれ、東京都出身。大田区の美原アテネスで野球を始め、6年時から硬式の大田リトル・シニアへ。東海大菅生高で3年夏に九番・左翼で甲子園2回戦まで進出、国際武道大で4年春にメンバー入り。卒業後は保健体育科の教諭となり、東海大菅生高コーチを経て千葉・我孫子二階堂高へ。硬式野球部の監督を20年務めて、2022年夏に(一社)野球まなびラボの理事に就任。ボールパーク柏の葉にて「体軸×野球教室」や「中3塾」を主宰するほか、出張指導やメンタル講座も。1男1女の父
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