選手たちのやる気や集中力を高めるには、どうしたらいいのでしょうか。かつては、恐怖や痛みをもって強制する指導もありました。人格を無視するような言動が許されない今の時代、悩まれている指導者も多いことでしょう。そこで今回のテーマ「引き出す」が、ヒントやきっかけになれば幸い。キーワードは「イメージ」です。
[監修/諸星邦生]
vol.6
潜在意識や能力を表に導くスキル
メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手が、日本全国のすべての小学校に計6万個のグラブを寄贈、というニュースが先日ありました。
とても素晴らしいことだと思います。野球少年・少女はもちろん、感激するはず。また野球をしたことがない子どもでも、興味や関心を抱くきっかけになることも大いにあるでしょう。
現在、小学校の体育では、「ベースボール型の授業」が採用されているところもあります(任意)。ただし、その授業では軟らかいボールを素手で扱うので、野球用のグラブを目の前にしたり、触ったりしたこともない小学生が圧倒的に多いはずです。そのグラブを実際に手にはめてみれば、使ってみたいという感情がわいてきても不思議はありません。
さて、今回の大谷選手の行動。子どもたちの興味や能力、潜在意識を引き出すという意味で、指導者の大きなヒントにもなり得えます。ちょうど今回のテーマでもある「引き出す」ということの、具体例のひとつにもなっているのです。
もしかすると、大谷選手からのメッセージは、全国の子どもたちにだけに発信されたのではないのかもしれません。指導者や野球界の大人たちは、称賛で終わらずにもう一歩踏み込んで、大谷選手の本意に迫ってみるのも大切ではないかと思います。
机の引き出しの中には?
それでは、メンタルコーチングの「引き出す」というスキルについて、掘り下げていきましょう。
指導者のみなさんは、「引き出す」という言葉から、どのようなシーンをイメージされますか? 有無を言わせぬ強制的な技術指導、打撃練習や投球練習中のそういうワンシーンが浮かぶ人もいるかもしれませんね。あるいは、プロ野球の「名コーチ」を思い浮かべる人もいることでしょう。
ではちょっと具体的に、小学生の自宅の机の「引き出し」をイメージしてみてください。その引き出しの中には、何が入っているでしょうか?
鉛筆、消しゴム、三角定規、コンパス、ハサミ、糊、ホッチキス…。
それらは、使用者(小学生)の中にある答えを引き出してあげるための、必要なアイテムとなります。逆に言うと、鉛筆や消しゴムを用いながら、使用者の心の内を自ずと明らかにしてあげる。
ちょっと難しい比喩だったかもしれませんが、メンタルコーチングにはそういう手法があります。
答えは自分の中にある――。これは心理学でよく言われていることです。
「今、何をしたいのか?」「今、何を考えているのか?」という問いに対する答えは、各自の心の中にあることが多い、ということです。
だからといって、その答えを強引に言わせるのはNG。潜在している答えに自分で気付かせ、それを自然に言動としてアウトプットさせてあげる。それが指導者に必要な「引き出す」というスキルであり、そのテクニックとして用いるのがアイテムというわけです。
■会話で引き出す
■紙に書かせて引き出す
■動作で引き出す
■表情で引き出す
引き出す方法は上記だけではありません。アイテムもまた多様です。これをまずは押さえておいてください。
集中が持続する時間
学童野球でも、指導現場では選手のやる気や集中力をどう引き出すかが大切になってくると思います。指導者のみなさんは、そのためにどのようなアプローチをされていますか?
ヒトの心持ちは複雑で、日々変わるものです。選手のやる気や集中力も、その日によって違うはずです。
大人もそうですが、やる気や集中力が1年365日間、続くということはまずありませんね。集中の持続時間は一般的には、小学校の低学年生が15分、高学年生は30分だそうです。大人でも90分が限度と言われています。
さてどうでしょう。15分や30分を超える無理を、選手たちに迫っていませんか?
現行のルールでは、学童野球の公式戦は最長90分(6イニング)ですね。30分どころか、その3倍もの時間です。
したがって、最低でも「90分間の集中」を練習から選手に強いるのは当然。こういう考え方もあることでしょう。ただし、野球というスポーツの特性を踏まえると、もっと有効で実践的な考えが生まれてくるはずです。
野球は「間(ま)」が多いスポーツです。その「間」こそが野球の醍醐味であり、プレーとプレーの合間に考える時間があるから深くておもしろい、という声もよく聞きますね。
プレーをする側においても「間」は存在します。集中力を最大限に必要とする場面は、選手1人ひとり違うはずです。たとえば攻撃中でも、打席には1人しか立てないのですから。その大事なときに一番の集中力を発揮し、選手の持っている力を引き出してあげる。そういう環境をつくってあげることが、指導者の役割ではないでしょうか。
しかし、そういう環境を与えたからといって、必ずしも良い結果が出るわけではない。結果の保証がない、というのもスポーツならでは。指導者にとって大切なポイントは、集中力を発揮させるお膳立てと、その結果による対処です。
結果の保証はないけれど
良い結果が出たときは、どんなふうにその打席(プレー)を迎えたかを振り返り、それを継続する。たとえ結果が悪くても、何度か同じアプローチで続けてみる。それでもダメな場合は、アプローチを変える。このようにして、選手の力を引き出すために寄り添うことが本来の指導だと私は考えています。
集中力の持続時間や気持ちの波を考えたときに、みなさんのチームではどのように練習を計画するでしょうか。
まずは、日ごろの練習の流れを書き出してみてください。それから改めて、15分や30分(子どもの集中の持続)を念頭に置きながら、再考やプログラムをしてみてください。
長いか、短いか、という基準からでも構いません。そしてできればもう少し、違う側面から時間軸に迫ることも考えてみてください。
たとえば、なかなか効果を得られないと思っていたメニューでも、休憩をはさんだり、別のメニューと順番を入れ替えることで成果が違ってくるかもしれません。選手個々の「待ち時間」から、取り組むスペースや人数(グループ分け)、使用する道具やサポートする大人の配置などを再考する余地はありませんか? それらの改善だけでも、だらりと60分やっていたメニューが、半分以下で済むというケースもあるかもしれません。
まさに今、私はみなさんからアイデアを「引き出そう」としています。
同じ練習メニューでも、全員で1カ所で長々とやるより、複数個所で同時にやれば短時間で同じ回数を集中してこなせることもあるでしょう。あるいはレクリエーション的な遊び感覚のメニューを、途中に組み入れるとリフレッシュ的な効果もあるかもしれません。
ここで楽しい時間があれば、あの選手もこのキツいメニューを頑張れそうだな――。このようにイメージを膨らませて考えてみてください。
イメージでうまくいかないことは大抵、うまくいかないものです。なぜなら、ヒトの脳には「イメージしたことを実現しようとする性質」があるからです。
意欲や活気に満ちた練習の風景。指導者がこれを鮮明にイメージすること(プログラム)ができるようになると、選手たちは動き始めることでしょう。
そうです。選手たちにも、うまくできる自分をどんどんイメージさせてあげてください。ワクワクするようなイメージも加われば、いうことありません。
個々にそういうイメージがあれば、15分~30分の集中力は、より高いものになります。そして、イメージ通りに進むと「3分長くできた」とか「もっとやりたい」という前向きな気持ちが引き出されていくのです。
いかがでしょうか。「引き出す」ということは、選手たちのやる気や集中力を上げるための有効な手段であることが、ご理解いただけたと思います。
ぜひ、トライしてみてください。
大谷選手は、全国の小学生が喜んでグラブを手にしてボール投げをしている景色をイメージして、贈呈する企画を実行したのだと思います。今度はわれわれ指導者が、グラウンドにいる子どもたちをワクワクさせてあげる番です。
「野球しようゼ!」と、たくさんの子どもたちがグラウンドに集まってくる風景をイメージして――。
[野球まなびラボ理事]
もろほし・くにお●1978年生まれ、東京都出身。大田区の美原アテネスで野球を始め、6年時から硬式の大田リトル・シニアへ。東海大菅生高で3年夏に九番・左翼で甲子園2回戦まで進出、国際武道大で4年春にメンバー入り。卒業後は保健体育科の教諭となり、東海大菅生高コーチを経て千葉・我孫子二階堂高へ。硬式野球部の監督を20年務めて、2022年夏に(一社)野球まなびラボの理事に就任。ボールパーク柏の葉にて「体軸×野球教室」や「中3塾」を主宰するほか、出張指導やメンタル講座も。1男1女の父
https://yakyumanabi.net/