100%に近いボランティアの指導者で成り立っている。これも学童野球の外せない側面です。また、指導者でも圧倒的多数を占めるのは、選手の父親である「お父さんコーチ」ですね。キャリアの長い監督も、多くは出発点がそこだったという話も聞きます。そこで、父親コーチの役割について、メンタルコーチングの分野から言及してみたいと思います。
[監修/諸星邦生]
vol.9
お父さんコーチの居場所と役割
我が子が入団した野球チームから、このように誘われてコーチデビューした、という方も多いことと思います。
「お父さんもぜひ、お時間があるときには手伝いに来てください!」
ボール拾いくらいなら――。軽い気持ちで始めたところ、大人の手が足りなくて週末はチームに付きっきりになるとか、手伝っているうちにだんだんのめり込む、というパターンもよくあるようです。逆に最初からコーチ志望で、正式なチームスタッフとして指導現場に立つケースはあまりない印象です。
高校野球で長らく監督をしていた筆者も、地元の学童野球チームでお父さんコーチを経験している
私も過去に3カ月ほど、息子の学童チームでコーチをさせていただきました。指導者が不足していたことに加えて、私が長らく高校野球で監督をしていたこともあり、「経験を子どもたちに還元してほしい」との依頼。監督が仕事で不在のことも多く、そういう日は練習をほぼ任されました。
そこで私が指導したことは、高校生を相手にしていたときと大きくは違いませんでした。主な内容と意図は、以下の通りです。
【技術面の指導】
■学年や体格、技術の習熟度別に練習を区分(守備・打撃)➡安全かつ総体的な上達を促進するため
■指導はできるだけ全員(指導者・保護者も含め)の前で行う➡他の大人にも習熟度練習を任せるため
■走塁の基礎は全員で練習する➡試合時に同じ目標を持てるように
【全員の約束事】
■グランド整備や道具の準備と片付けを率先して行う
■元気よく野球をする
■道具の整理整頓を心掛ける
■チームを大切にする
上記の約束事は、私が指導していた高校の野球部とほぼ同じです。もちろん、伝え方は変えました。小学生には言葉だけでは伝わらない部分が多いので、自分(指導者)も一緒にやりながら、という点も意識していました。
そうした指導による変化や成果を汲み取るには、3カ月(しかも週末のみ)という時間はあまりにも短すぎました。それでも、保護者の方々から「ウチの子は野球が好きになった」「楽しく野球をするようになった」という声をいただくことはありました。
さて、その短い指導期間に、私が少し悩んだのは、チームのキャプテン(当時)をしていた息子との距離感です。親子で同じユニフォームを着て野球ができることに喜びがある反面、難しさも感じました。これは私に限らず、父親コーチ(お父さんコーチ)に共通するものだと思います。
私の場合は、全体練習の中では息子より他の選手を優先的に指導していました。思うようにいっていない選手が息子だったら、対処は後回しにしていたような気がします。思い返すと、当時の息子の寂しそうな表情も浮かんできます。その場その場で、しっかりと指導してあげるべきだったなと反省しています。
遅かれ早かれ、息子・娘絡みのそういう局面に出くわすのも父親コーチの宿命でしょう。自戒も込めて、現役の父親コーチにお伝えしたいのは、我が子も我が子以外の選手も「平等が一番ベターである」ということ。すべての選手に同じように指導して、同じように接するのが理想だと私は思います。
それでも保護者からは「自分の子だけ、ひいきしている」とか「平等じゃない」など思わぬことを囁かれたり、そういう目で見られることがあるかもしれません。でも、そこは切っても切れない親子なのですから、仕方のないことです。
逆に、周囲の目を気にするあまり、自分の子にだけは明らかに厳しくしてしまっている父親コーチ、みなさんのチームにもいませんか? あとから後悔したり、心の中で我が子に詫びたりしても、やってしまった事実と我が子の切ない気持ちは消えません。ならば人にどう思われようが、自分の中(主観)で平等という正義を貫いたほうが、よほど健全で賢明ではありませんか?
野球経験の有無にかかわらず
「自分は本格的に野球をしたことがないので…」
直接にそう言わないまでも、なんだか肩身の狭い思いで練習をサポートをしている。そういう父親コーチも少なくないことと思います。
ハッキリと言いましょう。野球未経験の父親コーチにも、居場所はあります! 役割だってあります!
そもそも、技術を教えるだけがコーチの役割ではありません。ですから、必ずしも練習の中心にならなくてもいい。遠くでボールを拾ったり、集めたり、それだけでもいいのです。その代わりに、必ず笑顔で見ていてあげることが大切。それさえできれば十分だと私は思います。
もの足りないなら、「いいね!」「ナイス!」「いい声だね!」「カッコいいね!」など、肯定する声を掛けてあげるのもいいでしょう。道具を一緒に並べたり、グラウンド整備を一緒にやるだけでも、選手たちとの距離が縮まるはずです。
また、たとえプレーの経験はなくても、サポートに役立てるための努力はできます。たとえば、塁間の距離や打席のサイズなど知識を広げていく。ラインカーや測定器やマシン類の扱い方を身につけるなど。その気になれば、コーチングの資格を得ることも可能で、その過程では職場や私生活にも通じる学びも多いことと思います。
「見守る」「励ます」「和ます」「讃える」など、選手を導くためにコーチができることはたくさんあります。そしてその導きが、チームに「心理的安全」をもたらしてくれます。
「心理的安全」とは、米国ハーバード大大学院のビジネススクール教授で、リーダーシップなどを専門とする学者のエイミー・エドモンドソンが1999年に提唱したもの。その効果のひとつに、「失敗を恐れずにチャレンジできる環境が整備される」というものがあります。
チャレンジの数は、成功の可能性を引き出すことにつながります。したがって、安全な場所で安心して野球をすることが成長には不可欠と考えることもできます。
参考までに、エドモンドソン教授が提唱した、心理的安全性を診断する方法を紹介しておきましょう。みなさんは自分のチームの選手になったつもりで、以下の7つの質問に「YES」か「NO」で回答をしてみてください。
❶ミスを起こすとよく批判される
②課題やネガティブなことを言い合える
❸異質なものは受け入れない
④リスクが考えられるアクションを取りやすい
❺メンバーにヘルプを出しにくい
⑥自分をだますようなメンバーはいない
⑦自分の能力が発揮されていると感じられる
どうでしょうか。エドモンドソン教授の理論によると、ポジティブな回答が多ければ「心理的安全性の高いチーム」、ネガティブな回答が多ければ「心理的安全性の低いチーム」であると判断されます。
7つの質問には肯定形と否定形とが混在しており、「YES」(または「NO」)の数だけで結論を導けないのが厄介ですね。そこで、質問の丸数字を色分けしておきました。数字が白抜きの質問(❶❸❺)は「NO」が多いほど、心理的安全性が高い。丸数字の数字が白抜きでない質問(②④⑥⑦)は「YES」が多いほど、心理的安全性が高い、ということになります。
7つの質問内容をひとつずつ理解しながらポジティブな方向性を探ることは、チームをつくっていくにも役立つと思います。そして野球経験の有無にかかわらず、父親コーチがその一翼を担うこともできると私は考えています。
メインの監督と、背番号や肩書きのあるコーチ陣が主に技術指導を行い、父親コーチは「心理的安全性」が高まるような指導・サポートをする。そんな役割分担ができたら、チームは理想的な方向へと走り出すことでしょう。
繰り返しますが、技術を教える人だけがコーチではありません。チームによって、指導環境は異なると思いますが、父親コーチが選手のお父さんであることには違いがありません。親子関係も大切にして、一緒に野球を楽しんでほしいと私は願っています。
親が我が子の笑顔を見ると、うれしいように、我が子も親の笑顔を見ると、うれしいものです。そしてそのときにも、心理的安全性は高まっていきます。
父親コーチのみなさんが今一度、自分の立ち位置を見つめ直すキッカケになれば幸いです。
[野球まなびラボ 理事]
もろほし・くにお●1978年生まれ、東京都出身。大田区の美原アテネスで野球を始め、6年時から硬式の大田リトル・シニアへ。東海大菅生高で3年夏に九番・左翼で甲子園2回戦まで進出、国際武道大で4年春にメンバー入り。卒業後は保健体育科の教諭となり、東海大菅生高コーチを経て千葉・我孫子二階堂高へ。硬式野球部の監督を20年務めて、2022年夏に(一社)野球まなびラボの理事に就任。ボールパーク柏の葉にて「体軸×野球教室」や「中3塾」を主宰するほか、出張指導やメンタル講座も。1男1女の父
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