野球とはこういうもの――。ルールや競技性は不変ですが、価値観や好みは人それぞれです。ところが、学童野球の現場では、指導者や保護者からの一方的な強制が見受けられます。選手はそれが元で、野球の熱が冷めてしまったり、中学で継続しない、という残念な事態も。子どもが野球を好きなままでいるために――身近な大人たちが果たすべき役割と具体的な方法を紹介していきます。
[監修/諸星邦生]
vol.11
子どもが野球を好きなままでいるために
「野球のどんなところが好きですか?」
指導者や保護者のみなさんは、そういう質問を受けたら、どう答えますか? 私ならこのように答えます。
「仲間と力を合わせたり、相手と駆け引きをしたりするところが好きです」
当然ですが、回答には正解も不正解もありません。十人十色ということです。
しかし一方で、その「自分の好き」をチームの選手たちや、わが子に押しつけようとしていませんか!? 無自覚であることが大半だと思いますので、日ごろの自分を客観的に振り返ってみてください。
『野球とはこういうものだ』『練習はこうするべき』という、一個人の価値観や経験だけで子どもたちに接していませんか!?
試合で勝つには、大人の経験に基づくのが手っ取り早いのだと思います。ただし、子どもが野球を好きになる理由は、必ずしも「勝利」だけではないことも知っておくべきではないでしょうか。
ではどうしたら、選手たちの「好き」を伸ばしていけるのでしょう。私が理事を務める一般社団法人 野球まなびラボの代表・松井克典とともに実施した『学童野球アンケート(2021年2月発表)』も参考にしながら、考えていきたいと思います。
■学童野球調査
【子ども編】リンク先➡こちら
【保護者編】リンク先➡こちら
※調査対象(有効回答数)=全国の野球チームに所属する小学生(293)と保護者(712)
まず、子どもたちが野球を始めた理由です。「野球が好きだから」という回答が約4割でした。好きになった理由はさまざまだと思いますが、チームに入る前から「好き」という感情が芽生えているのはとても素敵なことです。
ぜひとも、その気持ちを伸ばしていける、助長していける指導者になりたいものです。少なくとも「好き」という感情を消滅させないことが、指導者の責務ではないでしょうか。
次に、野球の何が好きなのか。この問いに対する答えは、圧倒的に「バッティング」で、77%に上りました。
この顕著な結果は、練習メニューを組み立てるときにも役立つと思います。打撃に割り当てる時間を増やせば、選手たちの約8割は自ずと好きなことに取り組んでいることに。それが「楽しさ」につながっていくと考えられます。この「楽しい」と感じることが、さらなる意欲や好奇心などプラスをもたらすことも十分にあるでしょう。
もちろん、野球は打つことだけではありませんね。個々の可能性を広げつつ、失点を減らすには守備練習、得点率を上げるには走塁練習も必要です。
打撃練習と並行して、守備の基礎練習をグランドの空きスペースで行うのも有効でしょう。打撃練習に走者も入れて、走塁の判断力を磨くこともできると思います。選手たちは「次は打つ番だ!」と、ワクワクしながら守備練習や走塁練習ができるかもしれません。
これはほんの一例ですが、練習メニューの内容や組み合わせ、順番などプログラムをひと工夫するだけでも、選手の反応は違ってくることと思います。
また「打撃練習」といっても、トス打撃(ペッパー)、ティー打撃、フリー打撃、実戦形式といろいろありますね。目的や時期、レベルで選択されると思いますが、いずれにしても「待ち時間」を削ることがポイントです。何もすることなく、ただ順番を待っているのは大人でも退屈ですね。
その日のグラウンドのスペース、ボールやネットなどの道具類、指導陣やサポートする保護者の頭数などを鑑みて、選手一人あたりのスイング(打撃)数がMAXになるように工夫してみてください。それが「待ち時間」を削るということです。指導者にそういう着眼点が常に生まれると、朝から夕方までダラダラとやっていた練習が半日で済むことになるかもしれません。
楽しいと選手が感じる練習ほど、集中も成果も高まりやすいもの。指導者が大きい声を出す必要もありません。その逆で、選手の集中がどうも続かない様子であれば、練習の内容そのものや実施の仕方、順番などに再考の余地が大いにあり、ということだと思います。
練習に没頭する選手たちの真剣な眼差しや、わずかな上達でも喜ぶ姿やこぼれる笑み。これらを想像しながら、練習の前に毎回、考えてみてください。さて、きょうはどのように選手たちを楽しませてあげようか!?――指導者もきっとワクワクしてくることでしょう。
人が成長するプロセス
「ただ単に楽しいだけでは…」
指導者や野球経験者の父親から、こういう苦言もよく聞かれます。その考え方もあって当然だと私は思います。では、人が成長していくために大切なプロセスを考えてみましょう。
心理学やコーチングの分野には「コンフォートゾーン」という言葉があります。
ストレスが少なく、居心地が良くて、安全と感じられる状況や環境。これが「コンフォートゾーン」です。
そういう状況に留まり続けることは、リスクを回避するという意味では魅力的です。しかし、選手を楽しませるだけ(=コンフォートゾーンに留まる)になると、新しい経験や挑戦が圧倒的に不足します。楽しいことや簡単なことだけを日々繰り返していても、適応力が身につきません
そこで求められるのが、コンフォートゾーンを抜け出してみること。野球や子どもに限らず、未知の世界に足を踏み出すことは容易ではありません。ですが、新たなトライでこそ、獲得できるものもあるのです。では、方法も含めて具体的に説明しましょう。
指導者はまず、少し頑張らないと達成できないことや、考えないと前に進めない課題を練習で設定します。これで選手たちには自ずと、困難や不安と向き合う機会(ラーニングゾーン)がやってきます。そこでは自らの能力をフルに使い、難局を乗り越えようとする新たなパワーが自ずと発揮されていきます。
実はこのサイクルが、人の成長には必要とされています。成功か失敗かは別として「経験を積む」ということが、とても重要です。
ここで気をつけたいのは、新しい経験や挑戦の度合いです。どう考えても難し過ぎたり、どんなに頑張っても乗り越えられない設定では、選手の新たなパワーが続きません。選手たちの力量を見極めて、少し負荷をかけてあげるくらいの程度(設定)がベスト。場合や内容によっては、選手個々に課題を設定するのも有効でしょう。そのためには、ふだんからよく観察することが指導者には求められます。
できなかったことが、できるようになる。分からなかったことが、分かるようになる。こうした成長もまた、「楽しい」につながっていきます。
さらに、課題を設定した指導者や見守る保護者の側にもプラスがあります。適度な課題に向き合う選手たちとともに学び、乗り越え、達成した喜びを分かち合えるようになる。伴走しやすい環境ができてくることでしょう。
小学生には「コンフォートゾーン」を説明しても、あまり理解されないと思います。その存在や定義は指導者が知っていれば、成長を後押しできるはずです。さらにチームへの入団時に、保護者には「コンフォートゾーン」を説明しておくと、活動にも理解が深まると思います。
いかがでしたでしょうか。選手の「好き」という気持ちと「成長を促す環境設定」を上手に活用すれば、「好き」を持続・増幅させてあげることができるのです。新しい「好き」も生まれるかもしれません。
カギになるのはやはり、指導者。どんな環境で何をするか――自分の尊い経験に加えて学びの心、客観視や観察眼や創意工夫をもって、チームのみんなに幸せを運んできてほしいと願っています。
今回は「練習メニューの設定」「コンフォートゾーンとラーニングゾーンの活用」を提案させていただきました。野球小僧たちが長く野球を続けたい! と思えるように、われわれ大人は環境を準備していけたらと思います。
[野球まなびラボ 理事]
もろほし・くにお●1978年生まれ、東京都出身。大田区の美原アテネスで野球を始め、6年時から硬式の大田リトル・シニアへ。東海大菅生高で3年夏に九番・左翼で甲子園2回戦まで進出、国際武道大で4年春にメンバー入り。卒業後は保健体育科の教諭となり、東海大菅生高コーチを経て千葉・我孫子二階堂高へ。硬式野球部の監督を20年務めて、2022年夏に(一社)野球まなびラボの理事に就任。ボールパーク柏の葉にて「体軸×野球教室」や「中3塾」を主宰するほか、出張指導やメンタル講座も。1男1女の父
https://yakyumanabi.net/