こんにちは、新入社員の片岡安祐美です。
ここでは「安祐美's Eye」として、私、片岡が気になること、知りたいこと、感じたこと、そして、たま~に「片岡安祐美」のこと?などを、お話しさせていただければと思います。
第2回は自己紹介の続き、「私が野球を始めるまで」のお話です。
やるからには1番に!
「安祐美、やるからには1番になりなさい。人は1番になるために努力する、そして1番になった後も、そこを守るために努力を続ける」
私をスポーツ選手に育てたかった父は、私が物心つく前からずっと、この言葉を口癖のように繰り返していたのだそうです。ほかにも「大きくなぁれ、足速くなぁれ」とアキレス腱のマッサージをしたり、両足を持って宙づりにして、私に起き上がり腹筋をさせたり、まだ泳げないのに海に放り投げたり…笑
今だったら“幼児虐待”なんて言われちゃうかも…。当時、周りの人たちがどう思っていたかは分かりませんが、私自身は父と遊んでいる感覚だったようで、とても楽しそうだったよ、と後年、母が教えてくれました。
そんな風に遊びながら、父は私に負けず嫌いな性格を植えつけたかったそうです。
Wink、トシちゃん、ガンプラ、ドラゴンボール、そしてスイミング…
幼少期の私は、とにかく活発だったと聞いています。
3、4歳の頃から、電車で小一時間はかかる祖母の家に、一人で泊まりに行ったり、ステージを見つけると上がって、Winkさんの「淋しい熱帯魚」や、田原俊彦さんの「抱きしめてTONIGHT」などを踊っていたんだとか。
髪は長く、パーマをかけ、写真に撮られるときは腰に手を当て、足をクロス、首をかしげてポーズ。なんとまぁ、おませさんだこと。笑
でも、遊ぶおもちゃはチョロQやガンダムのプラモデル、ドラゴンボールのカード集めだったそうです。祖母の家に行く電車では、野球部のお兄さんたちと仲良くなり、遊んでもらっていたこともあったそうで…。
スイミングスクールに通い始めたのも、3歳のときのことです。よく遊んでくれていた近所のお姉ちゃんの泳ぐ姿を見て、「習いたい」と言い出したのです。
ところが当時、私はお風呂で髪の毛を洗うのときに、お湯を頭からかけられることを嫌がり、いつも両手で顔を覆っていたのです。「そんな人はスイミングスクールに通えません!」と母。私はそれから、お風呂では毎日、手で顔を隠さずにお湯を頭からかぶる練習をしていたそうです。
やがて「できるようになったから通わせて!」と母に訴え、スクールに通わせてもらえることに。その頃にはもう、十分に負けず嫌いだったみたいです…。
幼稚園選びも独特で。このときの光景、鮮明に覚えています。
いくつかの幼稚園のパンフレットを床に並べ、母は子どもにもわかるように、それぞれの園の特徴を教えてくれて、「さぁ、安祐美はどこに行きたい?」 と、自分で決めさせてくれたのです。
思い返してみると、私は小さな頃から、自分の考えで物事を進めることが多かったように思います。
父からはいつも、「人から言われてやったことは続かない、自分から始めたものは続けるはずだ」と言われていました。実際、自分の意志で始めた水泳は9年間続きましたが、親に言われて始めた書道は1年、友達に勧められたピアノは1日で辞めてしまいました…。
一方、母に日頃から言われていたのは、「やりたいことよりも先に、やらなきゃいけないことをしなさい」ということです。「勉強しなさい」と言われた記憶は、あまりありません。「やることはやったの?」とは、いつも言われてましたが。

お父さん、走れー!
父はバカがつくほどの野球好きです。自分も高校野球の経験者で、片岡家のテレビには夏の間、昼は甲子園、夜はプロ野球が当たり前のように映っていました。
ですが、当時の私は正直なところ、プロ野球はあまり好きではなく…笑
父は巨人ファンなので、巨人が負けると機嫌悪くなるし、テレビ中継は時間が長くて、見たい番組が見れないし…。
Mステとかマジカルバナナとか、見たかったなー…。
でも、昼間にテレビで見た甲子園は違いました。選手たちはとてもキラキラしていて、カッコよくて。
「自分もこうなりたいな、ここでプレーしたいな」 と思ったのは、後に野球を始める大きなきっかけにもなりました。
父は会社の草野球チームに入っていたため、試合会場について行くこともありました。といっても、私は応援というよりも、遊びに行くだけ。小学校に入学した後も、野球場へは遊びに行っていて、その日も公園の遊具で遊んでいました。
すると、野球場の方から大きな歓声が。振り返ってみると、ダイヤモンドを全力疾走する父の姿が。
「お父さん、走れーーー!」
思わずそう叫んでいた私は、それから父の野球を少しずつ見るようになりました。
そして、ある日のことです。見よう見まねでバット振ってみると、父のチームメイトたちが褒めてくれるのです。その様子を見ている父もなんだか嬉しそう。私もその瞬間がとても嬉しかったこと、覚えています。
そんな私が「野球をやりたい!」 と言いだすのは、もうすぐの話。
今回はここまで、です。