「コピー大国」と言えば、中国。10年ほど前には、日本列島で「爆買い」なる現象を巻き起こしたのは中国人。
近代の悲しい歴史や、昨今の政治情勢などデリケートな話はさておき。日本人のみなさんが、中国や中国人に抱く一般的なイメージや感情は、ネガティブなものが半数を超えるのではないでしょうか。敵対心はないにしても、決して好意的ではない。
たとえば、食品でも家電でもアパレルでも、100円ショップにあるような日用品でも。そこに『原産/中国』『MADE IN CHINA』 の文字があるかどうかが、購入基準のひとつになっている人も少なくないと思われます。
1970年代初頭までの高度経済成長を経て、われわれ日本は世界トップクラスの経済大国へと発展していきました。その過程で生まれ育ってきた、私のような中高年の世代は特に、中国という国を上から見下ろしている節が根強い。あくまでも私の主観ですが、決して的外れではないはず。
でも、あえて書きましょう。われわれフィールドフォースの商品は、90%以上が中国製です。過去のコラムでも触れましたが、中国内にある協力工場は20以上。そこで新たに誕生し、大量に生産された商品が、船便で日本へと届けられる。この流れは2006年の創業から今日まで、まったく変わることがなく続いています。
もうひとつ、触れたい事実があります。およそ30年前、日本企業の初任給の平均は約19万円、中国は400元(約4800円)でした。日本が中国の約40倍です。
それが現在は、約1.3倍にまで肉薄していることをご存知でしょうか。日本の中小企業の初任給は約22万円で、中国は8000元(約16万8000円)。この1年あまり、日本では急激な物価高騰が社会問題となっていますが、この6月に来日した中国人から、私はハッキリと聞きました。
「中国のほうが物価は高い。日本のほうが安いです」
おいおい、日本、ホントに大丈夫か!?
このアジアの島国の「国力の低下」については、昨年秋に渡航したアメリカで、のっけから痛感させられたばかり。ハンバーガーとポテトとドリンクのセットが約3000円もしたのです(コラム第22回➡こちら)。そして今度は、インバウンドの口からダイレクトに現実を告げられ、ダメを押された気がしました。
その中国人とは、われわれフィールドフォースと、中国の協力工場とをつなぐパイプ役を果たしてくれている現地スタッフたち。彼らを毎年、日本に研修で招いてきたが、コロナ禍で中断しているという話も、過去のコラムで書きました。
コロナ禍の終息に伴い、研修も復活して3年目になります。今回、日本に招いたのは3人で、女性2人と男性1人。イングリッシュネームでアシュリー(Ashley)、キャロル(Carol)、シャオミャオ(Xiaomiao)。
それぞれ中国にて、フィールドフォースにとって重要な任務を負っているメンバーで、日本の社長である私との付き合いも10年から15年以上。今でこそ対面する機会はそう多くありませんが、WeChatやメールを通じた折衝はほぼ毎日、エンドレスです。
どんなに画期的なアイデアも、彼らを抜きには商品として生まれることがない。それくらいの要人です。来日した際には、誠意のある“おもてなし”を私は肝に銘じています。あくまでも研修であり、観光ではないし、客人でもない。そこまで気をつかう必要はないのかもしれませんが、精一杯の歓待をするのが私の一貫した方針。
今回の研修は、全6日間でした。成田空港での出向えに始まり、翌日からの市場視察やフィールドフォース社内でのディスカッション、昼食と夕食に宿舎への送迎、最後は空港での見送りまで。私はそのほとんどに付き合いました。
さすがに疲れましたが、セッティングからナビゲートまでを、ほぼ一人でこなしていた、ひと昔前までに比べれば、たいしたことはない。今では私の意を汲んで、同じように手厚くもてなしてくれる、フィールドフォースの社員たちがいてくれます。それも私からの命令ではなく、スタッフの一人ひとりが主体性をもって、考えて動いてくれました。
さらにうれしかったのは、研修の最後に設けている意見交換の場。そこで中国人のスタッフたちから、「企画開発会議の雰囲気に感銘を受けた」という、率直な感想を聞けたことでした。
日本のフィールドフォースは、どうしてこんなにも次々と新しい商品のアイデアを出せるのか。発端はどこにあり、意見はどのように集約されていくのか――。来日した彼らの興味のひとつはそこにあったそうです。そして予定の研修をすべて終えてから、このように言われました。
「フィールドフォースは、会議においてもどの職場においても、ひとつの意見に対して真っ向からの反対や否定や感情的な反発がない。常に冗談を言い合いながらも、そういう雰囲気があるから、誰からでも意見が出やすいのだと感じました。中国の工場にもそれを伝えて、同じような雰囲気で会議ができれば、モノづくりにおける新しい開発ができるのではないかと考えています」
さらに彼らから提案されたのは、中国における「知的財産権の取得」でした。話によると、このところはフィールドフォースの商品を中国に送りつけて、「同じもの作ってくれ!」というケースを見聞きすることが増えている、とのこと。
「中国はコピー大国なので、いろんな工場がコピーをして、それをまたいろんな国に流していく。ですから知的財産権も、日本国内だけではなく中国でも取得して、一緒に防御していきましょう」(中国人スタッフ)
彼らの言う「コピー」とはつまり、模倣品であり、二番煎じ。相手にしたくないのが本音ですが、大切なファミリー(両国のスタッフとその家族)を守るには、手を打つべきとき。私は迷わず賛同の意を伝えると同時に、彼らとの絆が思っている以上に堅固であることを肌で感じ、感慨にふけりました。
中国人の彼らは、日本人が中国に寄せるネガティブな感情も知っている。そして彼らにも、後ろ向きな日本人像というものがあるはず。正直、この私も中国という一国に対してのイメージは必ずしもポジティブではありません。しかし、この日本にだって、印象の良くない人もいっぱいいるし、それは中国でもきっと同じ。
要するに、われわれフィールドフォースと中国人スタッフたちの間には「国境」も超えた、心と心のつながりがあるのです。目には見えない絆でしっかりと結ばれており、それも緩むどころか、きつく堅固になるばかり。
研修期間中、食事や雑談の際には、たとえば尖閣諸島や米中の緊張関係などについても、私たちは軽口をたたいて笑うことも普通にありました。私は中国人だから、私は日本人だから、という前置きはそこにない。あるのは「パートナー」という根底の意識だけ。それこそ、旧友とおしゃべりをしている感覚に近いのかもしれません。
互いの尊重をベースにしつつ、経験を積み上げてきた者同士の共通のマインド。これこそ、私たちの大きな武器なのです。したがって、賃金や物価の安い国を求めて、生産工場を移していく必要はない。社会人の平均初任給が、中国に抜かれるのは時間の問題かもしれませんが、私たちの絆にはいささかの影響もないと断言できます。
フィールドフォースのファミリーには、言葉や文化などの壁はない。言うなれば「国境なきモノづくり集団」。語呂を合わせるなら“国境なき創作団”となるでしょうか。
(吉村尚記)