第46回全日本学童マクドナルド・トーナメントの千葉県予選大会決勝は、豊上ジュニアーズ(柏)が、大橋みどりファイターズ(東葛)に8対1の5回コールドで勝利した。豊上は3年連続7回目の優勝で、指揮官の胴上げは悲願の日本一までお預け。一方の大橋みどりは2021年、東京新聞カップ関東学童(現コントリビュートカップ)の千葉大会で優勝も、コロナ禍で本大会中止の憂き目に。今回の準優勝でその関東学童(8月、神奈川県)出場を決めた。決勝はほぼワンサイドとなるも、心の和む人間模様が複数あった。
(写真&文=大久保克哉)
※記録は編集部、本塁打はランニング。優勝チームは「全日本学童大会」のコーナーで追って紹介します
優勝
=3年連続7回目

■決勝
◇6月6日 ◇中田スポーツセンター野球場
大橋みどりファイターズ(東葛)
00001=1
2510 X=8
豊上ジュニアーズ(柏)
※5回コールド
【大】太田、丸山-宮﨑
【豊】加藤豪-関澤
本塁打/増渕(豊)
三塁打/後山、玉井(豊)
【評】遊ゴロ、三ゴロ、見逃し三振。先発の加藤豪篤が1回表を8球で終わらせた豊上は直後、後山晴と玉井蒼祐の連続三塁打で1点を先取。四番・蒔田昊明のスクイズで2点目を奪う。豊上は続く2回も七番・須藤結太の中前打から好機を広げ、玉井と五番・蛭間悠智主将のタイムリーなどで7対0に。3回には六番・増渕碧人の一発で8点差とした。一方、1安打に封じられてきた大橋は5回表に反撃。五番・宮﨑慎也が中前打を放つと、丸山大智主将と古庄恵大(5年)が四球を選んで無死満塁に。守る豊上はタイムの後、1失点と引き換えに4-6-3の併殺を決めて後続も断ち、7点差のコールド勝ちを決めた。加藤豪は62球完投。
〇豊上ジュニアーズ・髙野範哉監督「県大会ではそのままの力を出しますね、ウチは。打線の一・二番がよく機能してくれました。DH(指名打者)を使ったのは今年が初めてでしたけど、須藤が見事にハマっていい感じでした」
●大橋みどりファイターズ・西原大助監督「豊上さんが一枚上手でした。ウチは打って点を取るチーム。結果はどうあれ、子どもたちはいつも通り、自分たちで考えながらよくがんばってくれました」

1回裏、豊上は一・二番の後山㊤と玉井㊦の連続三塁打で先制する


豊上は2回、蛭間主将の2点タイムリー㊤など打者一巡の猛攻。3回には増渕の左越え本塁打㊦で8対0に


大橋は3回表に青木俊翔が中前へチーム初安打㊤。5回には宮﨑の中前打㊦から1点につなげた

―Pickup Two Heroes―
吉兆とMOM、ナイスガイそれぞれ躍動

全国予選の試金石となる、2月のフィールドフォースカップ決勝。豊上ジュニアーズは東京の好敵手、レッドサンズに惜敗した。当然のことを疎かにしてのミスや失点に、髙野範哉監督はお冠(リポート➡こちら)。唯一、肯定したのは途中出場した背番号9、須藤結太のことだった。
「とにかく一生懸命。ちょっとね、戦力的には厳しいかなという子なんですけど、いっつも懸命に声を出している」

同日の準決勝は出番のなかった須藤だが、ベンチから仲間を鼓舞し続けていた(=㊤写真)。目に見えないそのメリットにも言及したのは、原口守コーチだ。
「あの子(須藤)を試合に出すために点を取ろうとか、周りがそうなってくるくらい、ホントに献身的なんです。彼は4年生で(学年)キャプテンをしてたときから、みんなに厳しいことも言われながらも、チームを盛り上げることに一生懸命になってくれる…」

あれから約4カ月。須藤は不可欠な戦力として輝いていた。全国出場をかけた千葉大会で「七番・DH(指名打者)」で起用されると、水を得た魚のように躍動。これには指揮官も目を丸くしていた。
「すごいんですよ、この大会の彼は。ホントにラッキーボーイで、ヒットは打つは、良いところでフォアボールを取るわ、ポテンヒットもあるわ…一生懸命な子が、DHで見事にハマりましたね」(髙野監督)

決勝も2打数2安打。ビッグイニングの2回には、火付けとなる1本を左打席から中前へ(=㊤写真)。そして全国出場を決めると、応援席に向けて高々と両こぶしを突き上げた。
「4年生、5年生と県大会でスタメンがなくて、6年でも初めて。DHなのでバッティングで貢献したいと思っていました。緊張はそんなに。楽しかったです」

須藤が豊上に入ったのは2年生の終わりごろ。全国区の強豪チームで揉まれ、定位置を確保できずにきたが、心は折れなかったという。公式戦では鼓舞役に徹する一方で、平日はチーム練習以外にも努力を重ねてきた。
「朝早く起きてバットを振ったり、お父さんの仕事が休みの日は一緒にグラウンドで練習したり。6年になるまでに絶対にスタメンで出るというのを目標にしてきたので、練習してきて良かったなという気持ちです」


“吉”を招くのが須藤なら、Vを呼んだ決勝の“マン・オブ・ザ・マッチ(MOM)”は背番号4の玉井蒼祐だ。遊撃手の後山晴と2人、昨年の全国大会でもプレーしてきた二塁手で、打順は二番。
「自分たちの代でも全国を決められたので、ホントにうれしいです!!」

まずは1回裏、無死三塁から中越えの先制タイムリー三塁打(=㊤写真)。続く打者の三ゴロでは飛び出さずに三塁に残り(=㊦写真)、一死からのスクイズで生還した。三ゴロでの三塁帰塁は地味ながら、挟殺されていれば流れを失いかねなかった。瞬時の判断とターンが要求されるが、玉井は八重歯をのぞかせながらポツリ。
「三塁ランナーでの打球判断とかは、髙野監督からさんざん怒られてきたので」


小柄だがポテンシャルも経験値も高いゆえ、“叱られ役”でもある。指揮官の当たりの厳しさは期待の裏返しだが、試合後は半べそのことも。でもこの日の髙野監督は「一、二番が機能してくれた」と、真っ先に称えた。
玉井が評価をより高めたのは、2回の第2打席だ。一番・後山が申告敬遠で二死満塁となったところで、左中間へ2点タイムリー。後山の打力は世代屈指で、全国大会でも同様に勝負を避けられることもあるだろうが、豊上は続く二番打者も手強い。

玉井はまたその打席へ向かう際に、軽くほくそ笑んでいた(=㊤写真)が、これにも理由があった。
実は対戦相手の大橋みどりファイターズには、同じ小学校の友人が複数。マウンドにいた本格派右腕の太田航介もその一人で、週末の対決を前に「絶対負けない!」と戦線布告されていたが「こっちもスイッチが入って、思いきりプレーしました」(玉井)

守っても、後山との二遊間コンビで併殺も決めるなど、コールド勝ちに貢献。また戦い終えれば、友人関係は元の通りに。それぞれ8月にある、上部大会での健闘も誓い合ったことだろう。
「去年の全国はボクのミス(ゴロ・ゴーで空振り)で負けてしまったので、今年は悔いのない試合を全力でやっていきたいと思います」
―Good Loser―
打ち勝ってきて「銀」。50人超、心も豊かになるチーム

準優勝

「打つべき場面でしたし、自分たちは何をやるべきかということを分かっている子どもたちですので」
西原大助監督は、敗北後も毅然としていた。全国予選での県準Vは、2022年の県ベスト4を超える最高成績。今年は1回戦から大きく打ち勝ってきて、前週の準決勝では全国8強の実績もある磯辺シャークスを8対0で破っていた。

「ウチはあまり細かい野球をしません。基本的には打って点を取る。サインというサインもないんですが、あそこはエンドランを指示しました」
西原監督の言う「あそこ」とは、決勝の5回表だ。無死満塁で、打席には3回にチーム初ヒット(=㊦写真)を放っていた青木俊翔がいた。
「今日はいつもより気合いを入れて、絶対に塁に出てやろうと思っていました」と振り返った青木は、この打席は2球見送ってカウント1-1に。

相手投手はこのイニングで急に制球を乱し、連続四球で塁が埋まった。その直後とあって、青木は慎重に見ていったのだろうが、指揮官は「結果は気にしないでいいから打て!」との思いをエンドランのサインに込めたという。
「今日は全体的にちょっと消極的だったのもありますし、無死満塁で相手側がタイムを取ったので、仕切り直してどんどん攻めてくると予想しました。点差も8点、カウント的にもストライクを取ってくるはず」(西原監督)

森田㊤や5年生の古庄恵大㊦ら、振り抜きが利いた好打者も複数

結果、青木は3球目を強振。打球の強さが災いして4-6-3の併殺打となるも、1点を返して意地をみせた。
打線は結局、2安打に終わったが、どの打者にも迷いがなかった。三番・森田悠斗は第2打席でフルカウントから2球ファウルなど、豊上のエース・加藤豪篤との真っ向勝負で応援席を沸かせた(結果は三ゴロ)。

守っては無失策。2回途中から救援した丸山大智主将(=㊤写真)は、打たせて取る投球で強力打線を1点に抑えた。また、女房役の宮﨑愼也(=㊦写真)は捕球とストップが的確で、盗塁を2つ阻むなど強肩も際立った。
「豊上は強かったけど、みんな最後まで気持ちを切らさずに声を出してくれて良かったです。取れるアウトを取るということをもうちょっとしっかりできるようになって、関東大会に臨みたいと思います」(丸山主将)
「コールドで負けてしまって悔しい。関東大会では全員が満足できるようなプレーをして優勝したいです」(宮﨑)

情操教育の証し
フェアグラウンドの外にも、渋く光る選手がいた。背番号0の女子、金井美海だ。

試合前のベンチ前ノックでは、菊池晃翔と交互にボール係を務め、試合中は打ち終わりのバット引きや、ファウルボールを拾いにベンチをサッと出てくる。またその表情がつくづく朗らか。“やらされている感”がゼロだった。


「この大会は最後は苦しかったけど、楽しく野球ができました」と語る金井は、万年補欠というわけではない。シートノックでは二塁守備に入り、うれしそうにボールをさばいていた(=㊦写真)。
また2回戦では登板も果たしており、地元・松戸市の女子選抜チーム「オレンジールズ」でも投手として活躍中。そんな彼女がなぜ、裏方役にも懸命なのか。
「う~ん、係は気分で…一応、やろっかなぁと思ってやりだして、それからずっと、という感じです。チームの良いところ? コーチたちに言われなくても自分たちでやっていること。関東大会でもサポートをしていきたいし、ピッチャーでもがんばっていきたいです」(金井)

こういう6年生が育つのも、必然のようだ。西原監督はキャリア約20年。息子が在籍していた当時は高圧的な言動もあったが、今ではすっかり子どもと同じ目線に降りて、選手主体の野球を後押し。「負けて反省するべきは指導者」と、試合後の全体ミーティングはほとんどないという。

「試合に出られないのは悪いことではないし、出るのが偉いことでもない、という話は子どもたちに常々。野球は楽しいだけではない、辛いときもある。それも含めて、子どもたち自身が経験していろいろ考えてもらえれば。とにかく、野球が好きなまま中学へ送り出してあげたいと思っています」

エースの太田航介は2回途中で降板㊤したが、学校の同級生に痛恨の適時打を浴びた際もバックアップに動いていた。投球フォームもよくまとまった本格派だ㊦

試合に出られずに悔しい。その感情は、当事者(選手)以上に親が抱きがち。親は子どものためと思いつつ、実は自分がただ悔しいだけのことも。そういう大人の欲目や体裁、いらぬプライドが子どもの発育発達のネックとなったり、野球嫌いを招く温床となりかねない――。
そのあたりを西原監督に気付かせたのは、長男だったという。卒団後に中・高と補欠に甘んじながらも、率先して裏方をこなしていた息子との、ある日の会話で己を深く恥じることに。
「試合に出られてないのに、なぜ、いつもそんなにニコニコしてバット引きとかをやっているのか?」

父の素朴な問いに、高校生となっていた長男はこう即答したそうだ。
「野球が好きだから。そんなの別に、できるヤツがやれば、いいじゃん!」
0番の彼女だけではない。1975年創立のチームは今、もっぱらの野球好きだらけで50人以上に膨れ上がっている。
