国内最大級のショッピングモール「レイクタウン」のある埼玉県の越谷市に今夏、日本一の学童チームが誕生するかもしれない。直近の初出場初優勝は10年前。酷暑下で最多6連戦となる夢舞台で、面食らう初出場組は多い。しかし、山野ガッツには6年生が15人もいて、県大会では全員がプレー。都内の各会場へは日帰りも可能で、長期の集団生活で疲弊する心配もなさそう。戦力も環境も整っている上に、「10点取られたら11点取り返す」と一貫したスタイルで、過去の苦杯もミラクルの原動力になっているようだ。
※県決勝戦リポート➡こちら
(写真&文=大久保克哉)
6試合99得点の猛打で、過去の悪夢や無念もきれいに一掃
さんや山野ガッツ
【埼玉県大会の軌跡】
1回戦〇26対0本庄リトルパワーズ
2回戦〇15対3草加ボーイズ
3回戦〇23対1長瀞ジャイアンツ
準々決〇14対2オール上尾
準決勝〇9対5吉川ウイングス
決 勝〇12対3東松山スポーツ少年団
2022年にはポップ杯全国ファイナルに初めて導いた瀬端監督。ついに全日本学童初出場も決めて「やっぱり、ちょっと違いますね。全国の小学生の第一目標の大会ですから」
東京近郊のニュータウン。最寄りに日本最大級のショッピングモールまであるのだから、頭数の少なさで困ることはまずない。山野ガッツは学年単位で活動できる、関東有数のマンモスチームだ。
4年生の秋以降の約3年間は、父親ではない専任の監督とともに1年ずつ繰り上がる。つまり、3人の監督が3年周期でローテーションするシステム。いずれも、選手主体の野球を展開する、物腰も穏やかな指揮官たちだ。
昨年の6年生チームは、三ツ畑竜一監督が率いていた。自主対戦形式のポップアスリートカップを勝ち抜いて、関東代表を決める最終予選まで進出。しかし、本戦の全国ファイナルトーナメント(14チーム)には2歩、届かなかった。
その前年の2022年に、ポップ杯の全国ファイナルに初出場を果たしたのが瀬端哲也監督。そして同大会終了後に引き継いだのが、現在の6年生たちだった。
昨秋の県新人戦決勝は両軍で19四死球、まともな勝負とならずに敗北で涙も(2023年9月17日、東松山野球場)
「ウチは5点取られたら6点取るというチーム。勝負は来年の全国予選ですけど、越谷市の予選を勝ち抜くのがまた大変なんです」
昨秋にこう話していた指揮官も選手たちも、一様に明るくて、活気があった。“未来モンスター”のような秀でたタレントは不在でも、総じて個々のスキルが相当に高い。新人戦は県で準優勝。しかし、決勝は両軍で計19四死球というよもやの大乱戦で、すこぶる後味のよろしくない不完全燃焼が否めなかった(リポート➡こちら)。
その一戦の、あまりにも狭かったストライクゾーンを前に、先発した伊藤大晴はマウンドで何度かヒザに手を置いた。被安打0なのに、6四死球の5失点で初回を終えると、たまらずに号泣。指揮官も言いたいことは山とあっただろうに、前途のある小学生たちを前に模範たる大人の対応に終始したのも印象的だった。
「(球審のジャッジは)言っても仕方ない。相手も条件は一緒で、ウチがそれに対応できなかっただけ」(瀬端監督)
天災ならぬ「運災」も
そんな指揮官には、実はもっと苦い記憶がある。5年前の2019年の全日本学童の県予選だ。
埼玉県は全国でもおそらく唯一、地域選抜チームの参加が古くから認めらており、県大会の半数以上はその選抜軍が占める。単独チームがこれを勝ち抜くのは至難だが、瀬端監督率いる山野は最終日まで勝ち進んだ。
迎えた準決勝は選抜軍を相手に、特別延長戦の2イニングまで戦うも、5対5で決着つかず。そして抽選負けという、何ともやるせない結末に。天災ならぬ「運災」だ。この期にまで及んで、努力や実力や野球の差でも何でもない「クジ運」だけで明と暗に分かれてしまう。その悲哀たるや、いかばかりだったろうか。
今年の全国予選の県決勝は圧勝。「H」の欄はヒット数ではなく投手の投球数
積年の無念やストレスの数々もこの初夏、選手たちのバットと背中を後押ししたのかもしれない。県大会は準決勝を除く5試合で2ケタ得点。6試合で計99得点という、驚異的なスコアで文句なしに王者に輝いたのだ。
決勝の4回裏、二死一、二塁から右飛に終わり、最後の打者となった四番・増田慎太朗主将が、悔しそうにこう話した。
「あと1点で大会100得点だったんです。しかも時間的にあの回の攻撃で試合終了(規定90分到達)という状況で、監督からも『ガンガンいけよ!』と言われてたんですけど…」
山野打線から「山賊打線」へ!?
打線はとにかく、ほとんど切れ目がなく長短打を打ちまくった。「自分の次が良いバッターの芳輝(樋口)なので、とにかく塁に出てチャンスをつくることを心掛けています」と一番の中井悠翔。自らがヒーローになろうというよりは、仲間への信頼が招いた得点力だったのかもしれない。その迫力と堅実さと幅は、彼らの埼玉県をホームとするプロ野球・西武ライオンズの「山賊打線」を上回るかもしれない。
どの打者もネクストでタイミングを合わせるなど準備に余念なし。写真は準決勝で1本塁打の四番・増田主将
最終日の準決勝と決勝の2試合だけでも、6本ものランニングホームランが飛び出した。決勝で2打席連続本塁打の遠山景太が何と八番にいて、一発の直後には九番・新庄琉衣がセーフティバントを試みるなど、相手には厭らしい攻め口もある。
また、決勝は4人で計5盗塁。相手のバッテリーミスを漏れなく突いて必ず進塁と、総じて足もある。さらに準決勝ではビハインドの中盤に、五番の伊藤がスクイズバントを決めてみせた。つまり、各強打者がバットを振り回すだけの大味な攻めに終始しない。1点をより確実に奪うための引き出しも備えているあたりも強みだろう。
「伊藤は新人戦で痛い目に遭ったけど、小技もうまいし、この大会ではよく投げまたし、取り返してくれたんじゃないですか。打てないときにどうやって点を取るか、そこももうちょっと詰めていきたいなと思います」(瀬端監督)
新庄と伊藤(写真)の二遊間は堅実。「チームを救うような守備もして全国制覇したいです」(伊藤)
複数枚の投手陣が、いずれもハイレベルなのも心強い。エースの高松咲太朗に、三木大輔と樋口は右の本格派。伊藤は打たせて取るスタイルはそのままに、球速を増してきた。さらには中堅手の本格派左腕・三浦歩斗も経験値が高い。
また、正捕手の樋口が登板したり、遊撃を守る際には、三木がそん色なくマスクを被り、守備陣を声でも統率する。8月の全国大会は1回戦から決勝まで進むと6連戦になるが、十分に回せるバッテリーたちだ。
複数のポジションをそつなくこなす三木の存在も心強い。「六番バッターとして全国では長打力と勝負強さも発揮して、チームを盛り上げていきたいです」
「10点取られたら11点取り返す」という、明確なカラーで全国切符を手に入れた。瀬端監督は8月の本大会を見据えて「守備は10割までできると思っています」と持論を展開し、守備の強化を打ち出している。
県準決勝では相次いだ投げミスが失点に絡み、カバーリングの甘さも露呈。結果、試合前半はビハインドという苦しい展開だった。「ウチの守備は崩れだすと、ああなっちゃうので、1個ずつのプレーを大切に。あの子たちも準決勝でわかったと思います」(同監督)
劣勢を跳ね返せた、最大の要因は打力。ハイレベルな越谷市予選で経験した、2対1という辛勝も大きかったという。さらには増田主将を中心とした前向きな声掛けもあった。それはフィールド上に限らず、ベンチの控えメンバーからも適切な指示が活発に飛んでいた。
県決勝の1回裏。三番・三浦がランニングの2ラン(左端)。バット引き係の石田(右端)もハイタッチに加わる
最終日は出番のなかった背番号9、石田晄万は語る。
「今日は暑かったので、攻撃のときはベンチで仰いでみんなに風を送ってました。守備のときは一番声を出して盛り上げようと…ボクは試合に出られてないんですけど、みんながうまいので、それについていけるように朝に素振りしたりして、がんばっています」
学生時代は野球の道を歩むとすれば、主役になれる可能性もチャンスもまだまだある。それでも現時点を冷静に見極め、サポートに徹する6年生がいることも、今回のミラクルと無縁ではないだろう。指揮官も“全員野球”の勝利であることを強調していた。
「全員の力で勝ち取った優勝でしたね。この大会は途中で全員、試合に出ましたし。練習では控えの子たちが陰で支えてくれて、今日(最終日)もずっと声を出して、仲間がヒットを打つと自分のことのように喜んだり…まぁ、ホントに良いチームになったなと思います」
V戦士たちは異口同音に「全国制覇」と、新たな目標を口にした。この偉業を遂げたときには、「山賊打線」の称号を本家やそのファンからも認めてもらえるかもしれない。
【県大会登録メンバー】
※すべて6年生
⑩内 増田慎太朗
⓪外 三木大輔
①投 高松咲太朗
②捕 樋口芳輝
③外 三浦歩斗
④内 新庄琉衣
⑤内 中井悠翔
⑥内 伊藤大晴
⑦外 遠山景太
⑧外 芝 柊輔
⑨外 石田晄万
⑪投 山口大翔
⑫捕 春日蒼希
⑬外 秋田宜成
⑭内 濱野壱晟