編集長コラム
vol.7 衝撃の124km…速球一本槍の...
掛け値なしの「未来モンスター」が、2023年夏の夢舞台を席捲した。”小学生の甲子園”こと第43回全日本学童大会 マクドナルド・トーナメントで、4試合を勝ち抜いて4強入りした東京・レッドサンズの藤森一生(ふじもり・かずき)投手だ。 165cm51kgのサウスポーは、5連戦となった準決勝で敗れたものの、自責点は0。そして自己最速タイの124㎞をマーク(球場表示)するなど、剛速球で大田スタジアムのスタンドをどよめかせた。 小学生にとっての「120km」は、高校生にとっての「150km」に匹敵するほど高い壁。小学生チームの日本一を決める同トーナメントを、筆者が初めて取材したのは2010年だが、その高い壁を越えた投手をほかに知らない。 今夏の3回戦で対戦した、兵庫・北ナニワハヤテタイガース(3対4で惜敗)の石橋孝志監督は「(藤森の球の)速さはウチが優勝(1988年)したときの嘉勢(敏弘、現阪神打撃投手)と同じくらい」と、その後に大阪・北陽高で甲子園に出場し、オリックスでもプレーした35年前のV左腕を思い出していた。 大人並みのサイズと力任せのプレーで名を上げる6年生は例年、各地にいる。球速と投球フォームの緩急を駆使する投手は、全国舞台では珍しくない。「上の学年には速球だけだと打たれてしまうので」と、藤森も5年生までは場面に応じたギアシフトなど技巧を駆使した投球も見られた。が、最上級生になると、開始からほぼ速球一本で押しまくる本格派のスタイルへと昇華してきた。 「去年の夏の全国準々決勝で、自分が打たれて負けて悔しかったので、この1年は死ぬ気で練習してきました」 2023年の始動は正月の2日。父親と茨城県の大洗でキャンプを張り、太平洋を眺めながら連日走り込んだ。ダッシュも30本、40本。スポーツの経験も豊富な父・仁さんの趣味はアウトドアで、メニュー消化後はテントを張っての実際のキャンプ生活を父子で楽しんだという。 「一生は男4兄弟の末っ子。次男までは『昭和の指導』で厳しくやらせた中で、一生はプラスチックバットで兄たちに挑んでは打てずにずっと泣いているような子でした」 細身を目いっぱいに使った美しい投球フォームも、50m走6秒84の俊足も、努力で手に入れた。6月からは「負けたら終わり」の大会でチームを勝利に導きつつ、自己最速を度々更新。そんな日々も8月10日、全国準決勝で終わると、しばしの号泣の後に穏やかな表情で口を開いた。 「自分が全国でも少しは通用するのはわかりました。野球人生がこれで終わるわけではないので、中学・高校であったり、すべての大会で活躍していきたいと思っています」 父の“昭和の指導”は、対人のマナーや言動の部分にも及んでいるという。 (大久保克哉) ※このコラムは野球育成解決サイト『First Pitch』(➡こちら)ほかに寄稿した内容を再編集したものです
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vol.6 15年で5000チーム消滅の衝...
日本の野球界で最も多くのチームを抱える組織は、全日本軟式野球連盟(JSBB)。小学生(学童)の野球チームは、9割以上がここに加盟しているが、最新の発表による2022年度の加盟数は9842チーム。1975年の統計開始以来、初めて「1万」の大台を割り込んだことが明らかとなっている。 この「1万割れ」が、どれだけ深刻なことなのか。カテゴリーや男女や硬式・軟式などを問わず、野球界全体の現実問題として、あらためて認識するべきだろう。 同じく2022年度の、高野連(日本高等学校野球連盟)の加盟校3857と比べれば、まだ倍以上もある学童野球は安泰ではないかと、考える向きもあるかもしれない。しかし、比較の対象を過去からの推移に向けると、ショッキングな現実が浮き彫りとなる。 表にまとめたのは、統計開始年から5年刻みの推移と、直近13年分の学童チーム数(JSBB登録)。2000年度から2011年度までのチーム数は1万4000台で推移してきたが、以降は概ね、減少の度合いを強めながら今日に至る。厳密には、減少が始まったのは2007年度で、当時はそれでも1万4968チームあった。それが15年連続の漸減で、昨年度はついにケタが1つ減って9842チームに。15年間で5000ものチームが消えてしまっているのだ。 約1万5000チームが登録していた2010年当時、このような13年後をどれだけの人が予想できただろうか。当時から学童野球の現場で取材をしてきた筆者の肌感では、競技者の激減を予測する人はおろか、行く末に危機感を訴える人も皆無だった(自分も含めて)。 全国の子どもたちへの振興・普及活動が急務である。その有効な策を練ったり、計画的に効果的に実施したりする上でも、学童のチーム数と併せて選手の実数を知りたい。こうした声は10年以上前から、球界内のあちこちから上がっている。しかし、残念ながら、現在も選手数を把握できていない。 そう遠くない未来に、野球界全体で全カテゴリーの全選手を一括で登録・管理するシステムが稼働するという話もあるが、30年も前から個人の競技者登録システムを導入している他競技もある。未来を担う学童球児の、実数すらいまだに闇の中――。これも野球界のひとつの現実である。 (大久保克哉) ※このコラムは野球育成解決サイト『First Pitch』(➡こちら)ほかに寄稿した内容を再編集したものです
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vol.5 なびかぬ学生を、親の気を知らぬ...
「自分を犠牲にしてチームに尽くす。そういうことを今の子たちは嫌がる。みんな自分が試合に出て、自分が打ちたいんです…」 大学野球の強豪チームの監督の嘆き節。試合後の会見でそれを聞いたのは2年前だったが、かつての私なら激しく同調していたに違いない。 四番バッタークラスを集めて並べたところで、必ずしも勝てない、というのは一昔前のプロ野球で実証されている。侍ジャパンが世界一に返り咲いた先の第4回WBCでは、近藤健介(ソフトバンク)、中村悠平(ヤクルト)らワキ役の渋い働きも効いていた。また本来なら主役級の巨人の四番・岡本和真は本職ではない一塁を守り、大会序盤は低調ながら最終打率は.333、四死球はチーム最多の9つあった。 それらはつまり、打線が文字通り「線」になっていたことの裏付け。その目的は「勝利」でしかなく、多少なりとも個々の自己犠牲の精神が介在していたとも思われる。 大谷翔平(エンゼルス)が当たり前のように二刀流でプレーし、MLBデビュー直前の吉田正尚(レッドソックス)が自ら侍入りを望んだのは、自身の夢舞台だったからだという。一方、一選手としての損得から二刀流や侍入りを固辞する決断もありえただろうし、負傷した際など相当なリスクも覚悟の上での英断であったと私は思っている。 「でも、監督!」 ともあれ、そういう大なり小なりの自己犠牲をはらむ攻撃が、相手より多くの得点を稼ぐ(=勝利)可能性を高める。これは学生野球も同じだろう。しかし、私は冒頭の指揮官の嘆きに対して、こう問い直してみたかった(実際にできない根性なしです)。 「でも監督、4年間の学費と寮費で親たちがいくら負担しているか、ご存知ですか? その額を知っていたら、何が何でもメンバーに入ってヒットの1本も打ってやろう! という大学生の心情は理解できないではありません」 学生野球の聖地「神宮球場」。ここに憧れるのは学童球児だけではない。全国の多くの大学チームがここでの頂点を目指している その野球部の費用(学費+寮費)の額を私は知らないし、私立と公立の違いや在籍する学部学科、地域などによってもバラつきはあるという。大学でもガチンコで野球をやりたい、その上の社会人やプロの夢も抱いている、という高校3年生の最も大きな受け皿は私大の野球部で、首都圏では費用がざっと「1000万円」前後である。これらは3年ほど前、私自身が息子の野球部の進路説明会で聞いたものだから、間違いない。 恥ずかしくも、長いこと野球報道の世界に身を置きながら、私はその瞬間まで費用のスケール感をまるで知らなかった。しばらくして、高校の野球部寮から一時帰省してきた息子が「進路未定」であることを確認してから、「1000万円」も伝えた上で、このように話した。 「1000万円は正直、今の我が家には軽くない。ただ、それはトーちゃんの問題だから、オマエが気にすることじゃない。オマエが小さいころからどれだけ頑張ってきたのか、トーちゃんはよく知っている。だから、大学でも死ぬ気でレギュラーを取って活躍するために頑張り抜く、という決意ならおカネのことは何も心配するな! でも、そこそこやれて思い出になればいいかな、くらいに考えているなら、大学野球はそんなに甘くないし、体育会ではなく、サークル活動で野球をしてくれ…」 それから取材者の私には新たな視点が生まれた。端的に言うなら「親目線」。春の大学日本一を決める全日本大学選手権、秋の王者を決める明治神宮大会は、高校野球の甲子園ほど知られていないが、出場するだけでも至難で誇りである。またその舞台からドラフト候補になる選手も少なくない。 他方、親目線からはスタンドの応援席、そこにいる学生服(控え部員)の数や雰囲気も気になる。そして試合後の取材などで時間に余裕があれば、メンバー外の部員たちは試合組にどういう関わり方をしていて、普段はどういう活動をしているのかを聞いたりもした。 一概には言えないが、残念ながら大量のメンバー外の「飼い殺し」状態も珍しくはない。「放置プレー」と言い直してもいいが、どちらにしても親とすれば憤懣やるかたない。当事者の大学生だって、名門大の「野球部出身」という肩書きと引き換えにする、圧倒的に無為な時間の何と長いだろうことか…。 大監督に「NO!」 千葉県の国際武道大には、岩井美樹監督という名伯楽がいる。満68歳。2017年と18年は大学選手権準優勝、22年秋には大学球界最多のリーグ戦700勝を達成した。前任校の東海大(首都大学リーグ)で133勝、これに武道大(千葉県大学リーグ)での勝利も加えた最多レコードはなお更新中で、プロ球界へ送った教え子も多数いる。 そんな名伯楽の命に「NO!」を返して、「オマエみたいなヤツは初めてだ」と言われた大学生がかつていた。その彼が、およそ四半世紀前をこう回想する。 「大学野球(春・秋にリーグ戦)では、だいたい3年生までにメンバー(約30~40人)に入れなかったら、裏方に回るんです。マネジャーとか学生コーチとか。当時のウチの大学(武道大)もそうで、私は3年春もメンバーになれなかったので、選手として先々を続けていくのは難しいんだなとは悟りました」 そして案の定、名伯楽からの「学生コーチをやれ!」という指示にはしかし、頑として首を縦には振らなかった。学童時代からチームの中心で、高3夏には甲子園でもプレーした実績とプライドもあったのだろう。 「そんなに落ち込まなかったし、野球が好きだったんでしょうね」 前代未聞の引退拒否。恩師に盾を突く形となっても現役にこだわり続けた彼はその後、メンバー組の打撃投手なども買って出てチームに帯同。そして4年春のリーグ戦では初のメンバー入りも果たす。リーグ優勝後の大学選手権は登録外も、聖地「神宮球場」までメンバー組と行動をともにしたという。 無名監督の気付き 卒業後の彼は高校の保健体育科の教諭となり、千葉県の私立高校で硬式野球部の監督に。 「目指していたのは甲子園だけです」 後にも先にも聖地とは無縁の高校。野球部には専用の野球場など潤沢な設備があるわけでもない。本気で甲子園を目指して入ってくる部員もゼロだったという。だが、大志を抱く指揮官は容赦がなかった。一昔前までは主流だった、高圧的なスパルタ指導だ。...
vol.5 なびかぬ学生を、親の気を知らぬ...
vol.4 選手、指導者、保護者を支える「良心」
野球は深くて難しい。小・中・高・大の学生野球にプロ野球と、かれこれ20年以上は現場で取材をしてきた。少年時代からのテレビ観戦も含めれば、とんでもない数のゲームを見てきたはず。それでもまだ、初めてのシーンに出くわすこともあるのだから、野球はつくづくおもしろい。 いわゆる「珍プレー」。稀有なハプニングが目の前で起こったのは、この5月の半ば。スポーツ少年団(学童野球)の千葉県大会1回戦のことだった。 状況は一死二塁で、ボールカウントは2ボール2ストライク。ここで右打者がファウルチップしたボールが、捕手の頭上を空過して(ミットにも体にも触れずに宙を通り過ぎて)、ダイレクトで球審のマスク(面)にハマり込んでしまったのである(㊦連続写真)。 「タイム!」 すかさず試合を停めた球審は、打者にアウトを宣告してから、マスク前面の格子に挟まっている白球を手で取り出した。すると、三塁側の攻撃チームの監督から「ファウルでは?」といった感じのアピールが入る。これに対して、球審は速やかに塁審3人を集めて協議に入り、数分もしないうちに二死二塁から試合は再開した。一塁側で撮影中の筆者には声は聞こえなかったが、三塁側の監督にはルールの説明がなされたようだった。驚いたふうもなく、一部始終がスマートで毅然としていた球審は、体格も相まって頼もしかった。 初めて見たシーンに、初めて知ったルール。審判を除けば、現場にいた誰もがそうだったはず。その証拠に、異論も野次も聞かれないまま試合は滞りなく進んで決着。例のシーンが勝敗を左右することもなかった。 審判歴20年で初の珍事 その瞬間をカメラに収めていた私はちょっと得意気。SNSでの発信なども念頭に入れつつ、試合後の球審に短く話を聞いた。 「審判歴? 20年くらいですね。マスクにボールが挟まったのは? 初めてです。あの状況がノーストライクか1ストライクなら『ファウル』ですよ。でも2ストライクだったので、打者はアウトになる。以前にそういう解説をインターネットで見た記憶がありまして。お名前を! 斉藤弘之といいます」 およそ30分後。次の試合も同様に撮影をしながらスコアをつけている私の肩を、後ろから叩く人がいた。さきほどの球審。私服に着替えて帰途につこうかという感じの斉藤さんだった。その後、少し気になってスマートフォンで例のシーンの解説を探し当てたとのことで、画面をこちらに向けてスクロールしながら話してくれた。 「さっきのアレですけど、1つミスをしていました。打者のアウトは間違いなかったのですが、二塁走者を1つ進塁させないといけなかった。このルールを忘れていました、すみません」 その実直さに触れる前から、私は決めていたことを話した。 「わざわざ、ありがとうございます! 野球界でもたぶん9割9分の人が知らないルールだと思うんです。記事にするにもボクのほうでも必ず確かめますし、ご迷惑をおかけするようなことはしませんので、ご安心ください」 沁みる誠実さ 斉藤さんから電話がかかってきたのは、その5日後だった。 「申し訳ない、あのジャッジはやっぱり間違いでした。公認野球規則も読み返してきちんと確認したら、ストライクカウントに関係なく、正解は『ファウル』でした。あれがもし、ファウルチップではなくて空振りしたボールだったら、第3ストライクの振り逃げ(記録は三振)が適用されて、打者と二塁走者に1つずつ塁が与えられて一死一、三塁から再開になります」 『公認野球規則』より該当部分を抜粋 実は私も、高校野球の審判員をする同僚に確認をして、同じ正解をすでに得ていた。それを伝えると、斉藤さんは「実はもう1つ、私にミスがありまして…」と切り出した。 話を要約すると、こうだ。あの試合で装着していたマスクが実は硬式用だった。斉藤さんは中学硬式野球と学童軟式野球の審判を掛け持っており、硬軟で異なる防具類(マスクは硬式用の格子の幅がやや広い)は別々に管理しているが、急な審判依頼を引き受けたのが前日の夕方だったこともあり、中身をよく確認せずに取り違えてしまった。帰宅後に夫人から指摘されて、誤りに気づいたという。 誤審は美化されるべきものではないが、ミスや勘違いは誰にでもある。それを正直に吐露したり、非を認めて頭を垂れる人というのは、年輪を増すほど減るような気がする。私にはそういう実感めいたものがあるせいだろう、斉藤さんの誠実さが深く沁みた。保身に走っているのではないことは最後の告白でも明らか。マスクの取り違えという初歩的なミスは、本人が言い出さなければ誰にも知られずに済んだはずで、そこまで白状したのは審判としての責任感や矜持だったのかもしれない。 軽い気持ちで始めてみたが 聞けば、斉藤さんは還暦を過ぎて1年あまり。九十九里浜で有名な千葉県の大網白里市の出身で、高校野球までプレー。息子が小4で学童野球チームに入ると父親コーチとなり、翌年からチームの依頼で審判員に(現在は千葉県少年野球連盟に登録)。 「アウト・セーフと、ストライク・ボールをやってくれればいいから、と頼まれて軽い気持ちで始めたんですけど、やってみるともう、勉強せずにはいられませんでしたね」 息子が6年生になる前から、県の審判講習会にも参加するようになり、初めてその「証明書」を手にして2、3年後には、市の枠を超えて上部大会でも試合をさばくように。もちろん、アマチュア野球の審判だから無報酬だ。 「当初はわからないことがたくさんですよ。だからルールブックを必ず持参して、アピールがあればその場で見直したり。試合が終わると必ず審判同士で反省会をしますし、大きな大会はフィールド以外の審判席からも見てくれる人がいますので、何とか…」 一般的に「目立つ審判はよろしくない」と言われるが、斉藤さんは真逆...
vol.4 選手、指導者、保護者を支える「良心」
vol.3 たった5分の心の養成、いずれ全...
公式戦の前の5分間のシートノック。ここで手の内を隠すチームはまずあるまい。外の視線を気にするより、自分たちのパフォーマンスを発揮するための準備が主眼だ。ゴロの弾み具合やフライの見え方、外野やファウルゾーンの広さなど、その日で異なる環境面の確認のほか、自身と仲間のコンディションの確認も大切になる。 相手チームがそうした最終点検をしている5分間の過ごし方は、チームによる。全員で注視し、相手守備のレベルや長短をインプットしていくのが最も一般的だろう。相手との実力差が明らかな場合には、選手の萎縮や慢心を招かないようにミーティングをするなど、あえて見せないケースもある。 いずれにしろ、そこに存在するのは相手チームに対する「敵」という意識や概念。倒さなければ自分たちがやられてしまうし、トーナメント大会は負けたら終わりだ。目の前の相手に敵意を抱くのはごく自然で、これはまた学童野球に限らず、上のカテゴリーやほかのスポーツでも同様だろう。 自ずと豊かになる心 「サード、ナイススロー!」「ショート、ナイスキャッチ!」「セカンド、しっかり~!」…。 5分間のシートノックを行っている相手チームに向けて、声を発する。こういう地域が学童野球界に存在することをご存知だろうか。 ベンチの前に一列に並んだ選手たちは、これから戦うことになる相手チームのノッカーのボールを目で追いながら、プレーする選手へ口々に声を掛ける。そこに「敵意」はない。同じ地域で同じ野球をする「仲間」への関心や、互いに健闘を誓い合おうという意図が働いていることは、前向きな言葉や声のトーンからも読み取れる。 「いつから始まったんでしょうね、もう10年以上前からだと思います。連盟でルール化したり、強制するようなことは一切していません。おそらく、どこかのチームがやり始めて、良いと思ったチームがマネをする。それで徐々に広まったんだと思います」 そこは千葉県の柏市。24チームが加盟する市少年野球連盟の大桑久光会長は、シートノック中の声掛けの経緯をそう説明した。すっかり定着した風習なのだろう、その後の両チーム整列と挨拶、そしてプレーボールという流れにも支障は何もなかった。 シートノック中の相手選手たちへ、前向きな言葉を掛けていたビクトリージャガーズ。千葉・柏市春季大会の3位決定戦前より(2023年4月23日、柏ビレッジ) 声掛けには、チームや選手で温度差があった。しかし、指導者がハッパをかけたり、声が小さい選手を咎めたり、あまり発しないチームを連盟役員が注意したり、という愚が見られない。あくまでも任意で自主的なもの。選手たちは個々の自らの意志で言葉を選び、発していたのも印象的だった。 本質を見抜ければ その後の公式戦はもちろん、真剣勝負だ。それでいて、相手チームをヤジったり、敵失で盛り上がったり、結果として相手選手の心理を脅かすような指導者の声もなかった。要するに、フェアプレーの精神が、この地域では自ずと根付いているのだ。 「ところがですね、県大会に行くと柏市のチームはよく怒られるんですよ。『相手チームのシートノック中はベンチの中に入っていなさい!』と」 連盟の吉田繁男副会長はそう言って苦笑い。確かに、相手のシートノック中はフィールドに出ないというのが一般的にはルールやマナーだろう。シートノックが妨げられないための制約とその必要性も理解できる。 柏市は、全日本学童大会に2019年から連続出場中の豊上ジュニアーズも所属するハイレベルな地域。往年のスター・谷沢健一氏(元中日)や、日米で活躍した小宮山悟氏(現・早大監督)などプロ選手も複数生んでいる。 そういう「野球どころ」だからといって、あるいは自分たちは良いことをしているのだという思い上がりから、県大会で注意に背くこともないのだろう。そもそも、ベンチの中からでも相手チームに声を届けることはできる。フェアプレー精神の養成という本質を見抜ける大人が増えてくれば、県大会や全国大会でもシートノック中のベンチ前からの声掛けが認められるケースも出てくるのかもしれない。 日本人の体質 プロ野球・日本ハムの新本拠地、エスコンフィールドは本塁からバックネットまでの距離が15mで、これは『公認野球規則』にある「60フィート(18.288m)以上」を満たしていないと話題になった。以降の顛末は割愛するが、当時の議論で明るみになったのが日米のルールの解釈(体質や文化?)の違い。MLBのルールブックには「60フィート以上を推奨」、日本のそれには「60フィート以上が必要」と記されているらしい。 是非を論じるつもりはないが、ルールを厳格化するのは日本人の体質(美徳?)だろう。そしてルール内のすれすれのラインを追求したり、抜け道を探しだすのが得意。一方で、そのルールが意図するところにまで解釈が及ばないがために、ルールの形骸化も多発する。公立の中学校や高校に残る、時代錯誤な校則が最たるところかもしれない。 学童野球の本質や意義とは何だろう。野球とチーム活動を通じた子ども(選手)とその親(保護者)の幸せ、だと筆者は考える。それにはルールや取り締まりも必要だが、それ以上に本質を説くこと。そして本質を基準に、ものごとを判断・行動できる大人の数が肝要ではなかろうか。 異なる意見やあり方も認めて尊重する。どこか一部に著しい不利益や不均衡が生じないのであれば、弾力的に特例や例外も認めていく。そういう懐の深さ広さを共有して、幸せな親子をどんどん増やす。それによって非・野球人(コラム第2回参照)をも振り向かせ、競技者減少にも歯止めがかかるという考えは、浅はかだろうか。 幸せな親子をより多く 「楽しい」と「厳しい」。対義語であるかのように、昨今の現場ではこの二語をよく耳にする。子どもの育成や指導のあり方に関心が高まっていること自体が大きな進歩。問答無用の旧態依然からの脱却へと、重かった舵が動いているようだ。 野球をする親子の幸せ、にもいろいろある。「楽しい」も「厳しい」も、解釈や概念が人によって大きく異なる。その隔たりで対立したり、相違を議論するよりも、多様性を認めて受け皿を広く整備していくことが得策ではないだろうか。 たとえば、子どものこういうパターンにも対応できるシステム。スイミングや珠算などと同じ習い事の感覚で、週に2~3時間だけ活動する学童野球チームに入ってみたら、どはまりして夢中に。もっとたくさん練習してうまくなりたい! となったら、その受け皿になるチームへ。さらに、もっと上のレベルで自分を磨いたり、全国大会を目指したい! となったらそういう受け皿になるチームへ。...
vol.3 たった5分の心の養成、いずれ全...
vol.2 世界一の祝賀ムードに、水など差...
WBC優勝! 侍ジャパン世界一の祝賀ムードや、開幕目前のプロ野球ペナントレースに、大詰めを迎えているセンバツ甲子園。野球が国民レベルで盛り上がっているのに、水など差したくない。そんな意図もさらさらないので逡巡してきたが、いつまでも触れないわけにもいくまい。 何ともショッキングな現実が、このほど明らかとなっている。ついに、なのか。やはり、と言うべきか――。 初めて「大台」を割る 日本の野球界で最も多くのチームが加盟する組織、全日本軟式野球連盟(JSBB)の学童野球チーム数が「1万」の大台を割ってしまった(2022年度)。1975年の統計開始以来、「1万」を切るのは初めてのこと。2000年度から2011年度までは14000台で推移してきたが以降は概ね、減少の度合いを強めながら今日にいたる。 厳密には、減少に転じたは2007年度で、当時はそれでも14968チームあった。それが15年連続の漸減で、昨年度はついに桁が1つ減って9842チームに。少子化に加えてコロナ禍の影響も色濃いのだろうが、15年間で5000ものチームを失った事実を球界は真摯に受け止めなければいけないだろう。 保身ばかりのご長老も 学童野球の現場に出ていても、酷な現実にぶち当たることがある。昨夏(2022年)の全国大会では、下級生の人数不足で翌年度から活動を休止するというチームに複数出会った。同様の理由による休止や解散が各地で後を絶たず、合併に合併を繰り返す延命策も珍しくない。こうしたなかで、子どもの奪い合いや退団・移籍を巡るチーム同士、大人同士のトラブルも多発しているという。 数年前がウソのように、週末のフィールドから大人の怒声や罵声が聞かれなくなってきている。だが、野球界の巨大な裾野を構成する最小単位、市区町村の域まで入り込むと、目や耳を覆いたくなる惨状にも出くわす。 バッテリーすら「捕る・投げる」がまともにできないのに大会に参加して、まるで野球らしくない内容とスコアで沈黙するチーム。区域では名の通るベテラン監督や、甲子園出場など選手として実績のある指導者が試合中はふんぞり返り、高圧的な言動で選手を逐一やり込めたり、審判にもくってかかったり。多くはないが2023年になっても、そういう光景を目にしている。 最小単位となる各地域の管轄組織は現実に背を向け、「資金難(人手不足)とボランティア」を盾に改革やデジタル化にも無頓着。試合スコア(公式記録)を正しく残せない役員・審判員もザラで、正式な試合記録が昔から存在していない。従来の慣習やシガラミにとわれて近隣や他の組織と反目したり、己の肩書きや既得権益を守ることにばかり腐心する長老組も少なくない、と聞く。 非・野球人が増すばかり 国民の大多数が巨人軍の選手を知っている、という時代は遠い昭和のこと。野球少年・野球少女はやがて高校生となり、成人し、多くは人の子の親にもなるだろう。むろん、野球とノータッチの少年・少女も同様である。 ということは、野球を知らない・興味がないという親子。一口に言えば「非・野球人」が、この先もどんどん割合を増していく、と考えられる。 日本の野球界は今現在も、野球人(経験者とその身内)だけで大半のことが回っているように思われる。全体とすれば、それでもまだ十分過ぎる経済効果や訴求力があり、世の大きな関心事となり得ている。 一方、人気や知名度や縦社会に染まり、祀り上げられることでの弊害も見過ごせない。世の流れに無頓着(不勉強)で、人の声にも耳を傾けられない。そして、土着した経験則と固定観念が是非もなく受け継がれていく。このご時世にあっても体罰や暴言で処分される指導者が根絶しないのは、そうしたロジックが働いているせいもあるだろう。 WBCでもMVPに輝いた大谷翔平選手(エンゼルス)のような世界的なスーパースターが、プロから誕生している。学生球界は、昔ながらの体育会系のゴリゴリで勝ちに徹するチームと、趣味のひとつという感覚でプレーするチームとの二極化が加速しているように見受けられる。前者には未来を夢見る選手が集中し、毎年のように上位の成績を収めるが、ひと握りの試合組を除くと放置されてしまうケースも多々。後者は前者に興味がなく、まるで交わろうとしない。そして両者の溝や無関心は、カテゴリーが下がるほど露骨に見て取れる。 負のイメージ払拭を 野球経験者同士、いわば身内で少ないパイ(選手)を奪い合ったり、飼い殺しにするような愚も看過はできまい。だがそれよりも、非・野球人を含む世間から野球に注がれる「負のイメージ」を払拭していかないことには、野球少年・野球少女はどこまでも減り続けてしまうのではなかろうか。 14年ぶりに世界一に返り咲いた侍ジャパンは野球の醍醐味を広く顕示し、「正のイメージ」を増幅してくれたはず。何をしても超人的でありながら、どこまでも屈託のない大谷選手の貢献度も計り知れない。野球に夢中になりだした少年時代を思い出した大人も多いのではないだろうか。子供には大谷選手のようなプレーはできなくても、同じように晴れ晴れと野球を楽しむことは簡単なはず。 ある人の講演によると、スイミングスクールに通う小学生の数は安定しており、今も昔も大きく増減していないという。同様に、親が二の足を踏むことなく、息子や娘を野球チームに入れることができるようになるには、どうしたらいいのか。このあたりに焦点を当てて、次回は少し踏み込んだ具体案を提起してみたい。 (大久保克哉) 2022年夏の全日本学童大会マクドナルドトーナメントで16強。富山・岩瀬ドラゴンズの黒崎清二監督は選手の力を引き出せる模範的な指導者だ。だが、学区のシバリもあって新年度は6年生3人で(他チームでプレー)、低学年のみが活動。同監督は富山初の中学軟式クラブの指導者に招かれている
vol.2 世界一の祝賀ムードに、水など差...
vol.1「待ったなしの危機」が、 広く認...
次代を担う小学生、中学生の競技人口がここにきて激減。それも急坂を転がるように減り続けている――。こういう走り出しで『野球界の危機』と題した連載を、少年野球の専門誌で始めたのは2015年の春だった。難関の予選を経た夏の全国大会でも、6年生が9人に満たないチームが珍しくなくなり、下級生の活躍が非常に目立ち始めたころだ。 いち早く、声高に 「プロ野球の観客動員数がどんどん増えているなかで、水を差すようなことをするんじゃねぇよ!」 連載当初は手厳しい叱責もあったが、屈するわけにはいかなかった。どんなに歴史が古かろうと、本場のアメリカで活躍するスターが現れようとも、現役のプレーヤー(学生)が減っては先細りが見えている。 野球界を下支えする巨大なカテゴリー、小中学生のジュニア層がしぼんでくれば、自ずと地盤沈下が起こる。競争力やレベルの低下が、いずれ最高峰のプロ球界にも及ぶ。要するに、日本の野球界は知らぬうちに衰退へと舵を切っているのではないか。それなのに、専門誌が真っ先に声を挙げなくてどうするのだ、と。 同連載では「待ったなしの危機」にあることを、複数の統計データや現場の実情も交えて訴えた。他競技との比較や時代背景などを踏まえての考察も随所で展開した。 ジュニア層の競技者激減の理由を「少子化」で片づけようとする向きも当初は多かった。しかし、サッカーやバスケットボールをする小中学生は、同時期に微減や微増の傾向を示すデータもあった。中学校の軟式野球部員は、少子化の倍以上のペースで減り続け、2013年は総数でサッカー部に追い抜かれてしまった。日本スポーツ少年団(小学生)の団員数もやはり、2012年から野球が1位の座を追われるなど、ショッキングな現実を伝えてきた。 球界団結の進展も あれから数年以上が過ぎた今、「競技人口の減少」は日本球界の火急の問題として、広く認識されている。そう思うのは筆者だけではないだろう。 ジュニア層ほどの「激減」ではないものの、人気の高校野球(硬式)にも累が及んでいる。全国の総部員数は、2014年から8年連続で減少(約4万人減)、加盟校数は球界再編問題が勃発した2005年を境に減少が続く(17年で約400減)。また、夏の甲子園出場をかけた都道府県大会では、部員不足(8人)による加盟校同士の連合チームが年々増えて2022年度は112となっている。 「子どもたちのために」という現役プロや元スター選手らの言動が、近年は頻繁に報じられている。かつては温度差が激しかったNPBの12球団ジュニアトーナメントも、今では大半がチーム編成から本腰を入れている。各球団の子供向けの通年スクール「アカデミー」は、先駆者・巨人軍の秀逸なメソッドを母体として、広がりをみせていると聞く。 明るくエネルギッシュな甲斐清隆監督と、粘り強い選手12人でミラクルV。2014年の全日本学童王者・和気軟式野球クラブ(愛媛)は、翌15年8月をもって活動に終止符 「コロナ禍」で足止めは食ったものの、ジュニア世代の指導者のライセンス制度が導入されるなど、管轄組織の垣根も超えた対話や活動、球界全体としての動きは活発化していると思われる。いまだに、学童球児の実数(正確な総人数)も把握できていないが、全カテゴリーを通じた競技者登録システムが近年のうちに完成・稼働するという話もある。かつてはバラバラで自己完結していた球界内の各団体やカテゴリーが、縦横のつながりを持ち始めていることは大きな進展だろう。 では、ここ数年のジュニア層の推移はどうなっているのだろう。次回は現場の実情や声も踏まえつつ、そこに迫ってみたい。 (大久保克哉)