【2026注目の逸材】
まかべ・ゆうと
間壁悠翔
[東京/6年]
ふどう
不動パイレーツ
※プレー動画➡こちら

【ポジション】一塁手、投手
【主な打順】四番
【投打】右投右打
【身長体重】157㎝58㎏
【好きなプロ野球選手】周東佑京(ソフトバンク)
※2026年4月10日現在

とんでも飛距離
バットがどうのとか、関係ない。NPBジュニアに入るような好投手も苦にしない。そしてここまで打球を遠くに飛ばせる6年生は、そうはいないだろう。昨年の5月から、不動パイレーツで四番を張っている間壁悠翔だ。
「好きなのはバッティング。飛距離は誰にも負けてない」
昨夏の全日本学童大会マクドナルド・トーナメントでも、豪快な一発を放っている。北海道・湧別マリナーズとの2回戦で、3回表にカウント2ボールから2ラン。メイン会場・HARD OFF ECOスタジアム新潟のセンター方向に舞い上がった白球は、両翼70mの特設フェンスの向こうへ落ちてから大きく弾んだ。

“小学生の甲子園”と呼ばれる全国大会で昨年、サク越えアーチを放った5年生は、他に1人のみ。間壁は1回戦で中越え二塁打、3回戦では左中間に二塁打と、4割越えのアベレージに上級生も顔負けのパンチ力で存在感を示したのだった。
不動は学年単位の活動がベースで、2023年から連続で全国出場中。6年生チームに下級生が食い込むのは容易ではないが、間壁は5年春の東日本交流大会(準優勝)で、代打から結果を出し始めてスタメンに定着した。

2025年4月5日、東日本交流大会の準々決勝。代打で登場した間壁は3安打2打点で大逆転勝利に貢献。3安打目がサヨナラ打だった
“房総の盟主”豊上ジュニアーズ(千葉)との準々決勝では、後にヤクルトJr.となる出色左腕から、ライトオーバーのサヨナラ打(※リポート➡こちら)。その座を確実なものとした5年坊は、こう話していた。
「意識していること? もう1個上の代だから、自分が一番ヘタくそだと思って、のびのびやること」

目黒区立不動小に通う間壁は、両親に「野球がやりたい」と打ち明けて、同校の校庭を活動拠点とするチームに入団。上田博雄監督(=㊤写真)によると、当初から突出した選手だったという。
「小学生ではケタ外れのパワーがある。身体の力が、ぜんぜんみんなと違うと思うんですよね。低学年のころはピッチャーでも抜けていて、ジュニアマック(4年生以下の都大会)でも駒沢球場で102㎞とか投げてましたから」

それだけの逸材だから、上の代でプレーすることもたびたび。ただし、1年前、「全国予選の試金石」となる東日本交流大会で、間壁を呼び寄せた田中和彦監督(現4年生チーム監督=㊤写真)は、あえてこう忠告したそうだ。
「オマエの代わりはいくらでもいるし、今までの実績とか経歴だけで、いきなり頭から使ったりしないからな。練習試合の結果とか態度とかも含めて、相応しいと評価したときにスタメンで使う。凡打で一塁まで歩いたり、全力でやっていなければ、下(5年生チーム)に降ろすよ」
この檄にも応え、レギュラーをつかみ取った間壁は、5月(昨年)からの全国最終予選で四番に定着。迎えた都準々決勝で、インパクトも絶大な決勝ホームランを放っている(※リポート➡こちら)。

会場の郷土の森野球場は、外野フリーで特設フェンスなし。国立ヤングスワローズに1対2とリードされていた不動は、6回一死から三番・竹中崇(現中1)が起死回生の同点ソロ。さらに続く間壁が、左へソロを放って逆転勝ちした。
土壇場の2本は、いずれもランニングホームランで、間壁も鬼の形相でダイヤモンドを一周している(=㊦写真)。それでも、打った瞬間に本塁打を確信したという打球は、とんでもないスピードで左翼手のはるか頭上を超えていった。


必然と偶然をもって
とんでもないパンチ力。その要因は複数あるだろうが、低学年の段階で動体視力と下半身の筋量が人並み外れていることが判明していたという。以下は父・貴男さんの弁。
「スポーツ科学に根差したジムに通っていて、検査でそういう結果が出まして。あとはフルスイングをするなかで、いかにそれ(動体視力と下半身の強さ)を生かしてアジャストしていくか、という部分を科学的に追及。そういうジムとの出会いも、ユウト(間壁)にはプラスだったのかもと思います」




両親はスポーツとはあまり縁がなく、勉学に勤しんで大人になった。現在は日本と中国とをまたにかけて、大きな責任も負う仕事に従事。2つ上の姉に続いて生まれた間壁が、小学生になって野球を始めると、父はよくこう言い聞かせたそうだ。
「何か思うところがあるんだったら、自分から言えばアドバイスはする。もし、親にできないことであれば、野球塾でもスポーツジムでも、そういうところで習ったりする環境にはあるからね」
要するに、子ども主導が両親の基本的な教育方針。間壁は自らの意思を起点に、野球選手として成長してきた。

1学年上のチームでは右翼を守った。新チームでは一塁を守るか、マウンドに上がるか

実は、当初から走るのも速いほうの部類にいたが、3年生のときに「両足骨折」というアクシデントで身動きがとれない時期に体重が急増。結果、走るスピードが鈍った一方で、誰にも及ばぬような打球の飛距離を手に入れたという。それにしても、両足骨折とは珍しい。本人は経緯をこう語る。
「まずは練習中に、先輩と激突して片足を骨折。それから2、3カ月したくいらいでトイレで歩いてたら、ゴキッと反対足の骨が折れました」
不運なのか、幸運なのか、不幸中の幸いなのか…。ともあれ、そうした必然と偶然をもって、世代屈指の大砲は台頭してきたのだ。

11歳の尊き英断
「将来は自分で会社を経営して社長になりたい。パパ(父)が中国人の人たちも多く雇って働いているから、自分も中国語を喋れるようになって、いっぱいおカネを稼ぎたい」
間壁の口から語られた夢は、優秀な野球少年にありがちなものとは、大きく一線を画していた。またその道のりもハッキリとしていた。
「9月からお母さんとお姉ちゃんと中国で暮らして、向こうの中学校に入学します」
海の向こうのアジアの大国では、学生の新年度は9月スタート。間壁は日本人学校ではなく、中国人たちが通う中学へ進むそうだ。
「すると野球は? たぶん、やらない。あっち(中国)では、野球はやりたくない」

間壁は7月でようやく12歳、心身ともに大人への急階段の途上にある。“11歳の決断”が揺らいだり、変わることがあっても何ら不思議はない。でも、その歯切れのいい言葉と節々には、リアルな重みがあった。考えに考えた末の英断なのだろう。
また夢の実現へと、すでに歩み始めている。この2026年から毎月1回、1週間程度は中国へ。すでに姉は中国・大連の中学校に通っており、間壁もそれに続くために中国語を猛勉強しながら、現地の暮らしに順化しようと努めている。



投手としてもポテンシャルや将来性を高く評価する声も多いが…



中国へ渡るそもそものきっかけは、母親の仕事。「大人の事情です」と父は申し訳なさそうに言うが、愛息が日本で野球を続けたいという意思を本気で示せば、きっと叶わないこともないのだろう。それでも間壁は、新たな一歩を踏み出している。
「中国ではずっと勉強してて、野球の練習をする時間も少ないから、日本に帰ってきて野球をするとキツい。でも、日本に帰ってくるときはうれしいし、前向きに生きている」
体力的にも厳しい生活が続いている。でも体重が落ちてきているのは、意図的なところもあるそうだ。
「お姉ちゃんが向こうの中学に行ってるので知ってるんですけど、中国の学校では健康のために毎日800mを走らないといけない。いきなりそれはキツいので、今からちょっとセーブしている」

語学に励むのは帰国しても変わらないが、日本では日常的にバットを振っている。将来の夢を叶えるためにも、学童野球での完全燃焼を期しているからだ。
「チームのみんなで一緒に夏の全国大会に行って、最高の思い出をつくってから、中国の中学校で楽しく過ごしたい」
今夏も全国出場を決めれば、大激戦区の東京からは初となる「4年連続出場」の偉業となる。チームを率いる上田監督は相当なプレッシャーもあるだろうが、低学年からともに歩んできた間壁の決断も快く受け入れ、応援する立場にいる。
「ユウトはちっちゃいころから、ウチの息子(簾主将)たちと一緒に野球をやってきた仲間なので。日本と中国を行ったり来たりで、ホントに大変だと思いますし、小学校で野球は終わりかもしれないということですけど、『最後までみんなとがんばろうよ』という話はしました」(同監督)
昨年までのように野球第一の生活ではない分、結果もパフォーマンスも落ちてチームに迷惑をかけるかもしれない。そういう心配をする間壁の父に、上田監督はこう言ったそうだ。
「最後にはユウトが打ってくれると思っているし、ベンチにいてくれるだけでも、みんなの安心感が違いますから」
運命の全国最終予選、都大会は5月16日に開幕する。
(動画&写真&文=大久保克哉)
