第46回全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメントは、1回戦から決勝まで52試合。これを6日間のうちに7会場で消化した。当メディアは、そのうち30試合を現場で取材。その膨大な取材ストックから、チームと個人の成績も加味しつつ、夢舞台を盛り上げた6年生20人をリストアップ。その顔ぶれを『俊英カタログ』として2回に分けて紹介していく。前編は勝利への貢献に加えて、大きなインパクトを残した10戦士だ。
(選考=現地取材班)
(写真=福地和男、大久保克哉、鈴木秀樹/文=大久保克哉)










3年ぶり“超逸材”2人も
3年前の2023年は、124㎞を投じた左腕が夢舞台を席捲した(➡こちら)。キャリアの長い名将たちも「こんなにすごい6年生は初めて見た」と口をそろえ、筆者も『10年に1人の超逸材』という記事を方々で書いた記憶がある。
しかし、昨今のスポーツ界の例に漏れず、学童球界の最先端も信じられないスピードで進化しているのかもしれない。「124㎞の衝撃」から3年目の今夏、“スーパー未来モンスター”が人々の度肝を抜いた。それも1人ならず、2人いて同じチームに所属。
3位に入った船橋フェニックス(東京)のツインタワー、森下貴斗と大野凌駕だ。投打二刀流の双璧コンビは、小学生とは思えぬハイパフォーマンスが東京予選から目立ちまくっていた。そしてその具体的なところや要因は、『2026注目戦士』の10人目11人目の動画と記事で紹介していた(➡こちら)。

大野は大会単独2位の3本塁打をマーク。1回戦では自己最速タイの121㎞もマーク㊦

迎えた本番の夢舞台。彼らは持てる能力をいかんなく発揮して輝きまくった。森下は打線の一番、大野は二番で、投げないときには主に中堅を守りながら。
1回戦でいきなり閃光を放ったのは大野だ。投げては121㎞をマークし、守ってはセンターゴロを決め、走っては二死満塁の一走で左前打1本で何と本塁生還。そして左打席からは、右中間へ大会第1号のサク越えアーチ。記念のホームランボールを手に、試合後にこう話した。
「球場とか雰囲気とか、少しでもミスったらのみ込まれそうな感じがあって、ちょっとは緊張した。まぁでも、楽しかった」

3回戦の5回表にライトへ2ラン㊤。これで森下は2回戦から「8打数連続安打」。続く準々決勝は、大会初先発で5回2失点の力投㊦

続く2回戦で2本塁打など、大野のバットからはその後も快音が響くことに。またそれを上回る“神音”を発したのは森下だった。
こちらは2回戦から2試合連続の全打席安打で、2回戦では2本塁打に三塁打と二塁打が1本ずつと、「サイクル安打」を上回る離れ業。「8打数連続安打」で迎えた準々決勝(対愛知・北名古屋ドリームス)、第1打席で遊飛に倒れて記録は止まるも、第3打席で大会単独トップに立つ第4号本塁打を放った。それが決勝打となってチームは初の表彰台へ。森下はまた先発登板しており、元準V王者の強力打線を5回まで2点に抑えて勝利の立役者に。
結局、今大会の最多本塁打は森下の4本で、単独1位。複数本放った選手は大野も含めて4選手になる。
「短い期間(5連戦)でホームランを4本打てたことと、大会でNo.1の記録を出せたのは自分にとっていいことなのかなと。個人としては、打つほうでは自分の力を発揮できたと思います」
評価を含めて、人のことには無関心の森下らしいコメントである。その本人が「自分でもちょっとびっくりした」と語るのが、2回戦で放った先頭打者アーチ(=㊦写真)。一番打者の役目も心得たこの左打者は、続く仲間のためにボールを多く見たり、セーフティバントでの出塁や好機拡大を試みることがある。要するに、必ずしも一発狙いでマン振りしているわけではない。その打席も初球ストライクを見逃し、2球目をファウル。そして3球目を――。

「自分は追い込まれたときは、逆方向を意識したり、塁に出ることを優先していて、あの打席(カウント0-2)はタイミングがボールと合った。レフト前くらいかなと思って全力で走って、一塁の手前くらいでホームランになった」
逆方向へのこの一発が自らを乗せるとともに、株をより上げたことは間違いない。準々決勝の決勝弾は、出色左腕の坪井心汰(カタログ❹)に追い込まれてからセンター方向へ。最終回には守るセンターから、三塁へのレーザービームで相手の反撃の芽を摘むなど、あらゆる点で“スーパー”だった。
怪物に分け入った小兵の10番
さて。東京の双璧コンビの「衝撃」に回数は及ばないが、たったワンプレーでも負けないインパクトを残したのは、優勝した長曽根ストロングス(大阪)の10番、吉見憲眞だ。
それは、決勝(対滋賀・多賀少年野球クラブ)の幕切れシーン。動画(主催者提供)で見返してもやはり、“超”のつくスーパープレーだった。場面は1点リードで二死三塁。相手打者の打球は三遊間への強いゴロで、三塁手はダイビングも届かず。現場ではおそらく、大半が同点!を確信しただろうが、そのまま試合は終了した。
飛び込んだ三塁手の後方へ、回り込んでゴロ打球をつかんだ遊撃手の吉見が、流れのまま一塁へ送球。白球はきれいにバウンドして一塁手のミットに収まり、ゲームセット。打球が抜けていれば同点、たとえ追いついても弾いたり、送球が逸れたり弱かったりすれば、一塁はセーフで試合は振り出しになっていた。しかし、V目前のこの土壇場で、1年前は三塁手で優勝を経験していた大阪の主将は“スーパープレー”を完璧にやってのけた。たまげた心臓、たまげたスキルである。

守りでは球際にもめっぽう強かった吉見は、3回戦でサク越えアーチを1本。好機でのしぶとい打撃も目を引いた
「最後の送球は難しい体勢と確実性を考えて判断? はい、2バンくらいで投げようと。これ(打球)を捕って1つ(一塁)に投げて、もう優勝する!!という感じでした」
ラストプレーを笑顔で語る吉見は、141㎝36㎏の小兵でいて、フィールドで大きく見えるのは頼もしさのせいだろう。今大会で最も深いポジションをとっていた遊撃手もおそらく、この吉見。守備範囲が広いのは当然で、高いスキルでノーエラーを通した点も特筆に値する。
それにしても、これほどの“スーパーショート”はなぜ、生まれたのか。そしてこの先、どういう選手を目指していくのか。本人はこのように即答した。
「練習からしっかりやっているからです。家でもボールへの入り方とかスローイングとか、練習しています。(これからは)頼られる一番(打者)になりたいです」
本番で自己新も複数
愛知・北名古屋ドリームスの坪井、滋賀・多賀少年野球クラブの岸本、福岡・木屋瀬バンブーズの永嶋、千葉・豊上ジュニアーズの後山、山梨・ラウンダースの伊藤の5選手は『2026注目戦士』でも紹介した投打二刀流だ(※同コーナー➡こちら)。
そのうち投打で躍動したのは、ベスト8入りした北名古屋の坪井心汰だ。準々決勝では、前述した東京の双璧コンビを相手にしても怯まず。2点を追う6回裏の打席では、121㎞左腕の大野から左中間へ二塁打。塁上の坪井は写真を見る限り、泣いていたようだ(=㊦写真)。筆者は別会場にいて直接の取材はできなかったが、涙の理由はよくわかる。

坪井は1年前も三番を打って夢舞台に出場したが、敗退した3回戦で最後の打者に。その悔しさを糧に主将となって新チームを引っ張り、愛知予選の決勝では2点ビハインドの最終回二死走者なしから、反撃の狼煙となるソロアーチ。これに後続も続いてのサヨナラ勝ちで、4年連続8回目の全国切符を手にしていた。夢舞台では“ミラクル”再現とまではいかなかったが、背番号10はまたしても2点を追う最終回に反撃の狼煙となる長打を放ったのだった。

その坪井がいる北名古屋と、3回戦で「大会ベストゲーム」と思われる好勝負を演じたのが千葉の豊上(リポート➡こちら)。そして逆境も跳ね返す二塁打を2本放ったのが、一番を打つ後山晴だった。独特の下半身の粘りも利したスイングで、右打席からレフト方向へ鋭い打球を飛ばした。特別延長でマウンドに上がって涙したが、1回戦では自己最速を109㎞へと大幅に更新。本人にとっても、忘れられない夢舞台になったことだろう。

多賀の岸本來橙と、木屋瀬の永嶋璃陽斗は、直接対決となった準々決勝で『珠玉の一騎打ち』(リポート➡こちら)を演じて、スタジアムを沸かせた。またV候補だったラウンダースは主力の故障もあって2回戦で敗退も、エースの伊藤誉は自己最速を117㎞(=㊦写真)へと大幅に更新した。
「自分の中ではこんな最高の舞台で投げられたことがうれしくて、しかも自己新を更新できたことがうれしかったです」(伊藤)

その出色右腕の114㎞を中堅手の頭上へ打ち返したのは、東京・レッドサンズの10番、原川瑛仁だった。東京予選の決勝では、前出の船橋・大野に120㎞を見せられた後の抜き球を、ものの見事に左翼線へ。非凡な打撃力を全国舞台でも披露した東京第2代表の主将は、二塁べース上でWピースをつくった(=㊦写真)。

当メディアもノーマックだった分、衝撃が輪をかけたのは、初出場で3位まで躍進した南瀬谷ライオンズ(神奈川)の二番打者、橋元涼だ。元王者の新家スターズ(大阪)との3回戦では、プレーボールから3者連続ホームランという前代未聞の快挙。橋元はその2発目で、追い込まれてからの抜き球にやや体勢を崩されながらも右翼ポール方面へと運んだ。

開会式当日の朝、往路の機内でたまたま隣り合わせた筆者との雑談中に「正直、全国大会に出られるとは思っていませんでした」と話していた橋元。それがどうだ。夢舞台では、二塁守備や走塁でもアグレッシブかつ頭脳的なプレーが光った。準々決勝では最終回にバント安打(=㊤写真)から二盗、三盗を決めてボークで生還し、1点差勝利に大きく寄与。続く準決勝で惜敗も、銅メダルを胸に「良い思い出がたくさんできました」と、2回戦からの5日間を総括している。

