11月の弊社新商品として、「バントガード」FBGD-100TNKを上市いたしました。バント練習の際に、持ち手の指を保護してくれるギアです。毎月、3~4商品を新規リリースしているフィールドフォースにとっては、数ある新商品の一つ。しかし、視点を変えれば、記念碑的商品でもあります。僭越ながら、私、吉村尚記がSNSにて発信させていただいた「ものづくり大国日本再生計画」の第1弾商品。この取り組みを通して、人とのつながりの大切さ、ありがたさを、あらためて感じているのです。
人との出会いとインスタグラム
先日、ここ数年、参加させていただいている「昭和50年会」に出席してきました。主に野球界に身を置く、同じ昭和50年生まれ(の学年)の者たちが年に一度集まろうという、有志による会合です。生まれた場所や環境は違えど、同じ時に、野球と関わりながら青春時代を過ごした仲間たちの、同窓会みたいなもの。もちろん、同級とはいっても初めて会う方も少なくない中、生まれ年だけではありますが、共通項が存在するだけで近しく思えるもので、こうしたつながりは大切にしたいと感じます。
今年、この会で初めてお会いした方の多くにも、フィールドフォースの存在を知っていただいておりました。そして結構な数の方が、私のインスタグラムを見ていただいている、とも…。ありがたく思うと同時に、面映ゆくもあります。

私がインスタグラムを始めたのは昨年のこと。実は、まだ始めて1年程度なのです。それでも、気づけばフォロワーさんの数はどんどん増えて2万人を超え、そのスピードに驚かされるばかりです。
当然ですが、私のポストで圧倒的に多いのは自社製品に関するものです。その中には、まだ開発中であったり、商品化するかどうかすら決めていないアイデア段階のものもあります。そうしたものについても、多くの方から、様々な意見をいただきます。
ごくまれに、誰でも知っているプロ野球選手などからダイレクトメッセージを頂戴することもあるのですが、多くのコメントは名前も顔も知らない方からだと思われます。ただ、そんな間柄だからこそ、忖度も、余計な気遣いもなく、製品に関するストレートな意見をいただけているのかもしれません。普段、エンドユーザーの方から直接、声をいただく機会はそれほど多くありませんから、こうした声は大切にしたいと思っています。
きっかけとなったキャッチャー防具
「ものづくり大国日本再生計画」は、今年6月のある日、そのインスタグラムで発信させていただいた私の投稿に端を発します。
昨年、「少年軟式キャッチャープロテクター&レガース」FCP-380 FRG-310という商品を発売しました。学童野球でキャッチャーが使う防具は、これまで、大人用のものを小型化したものが普通で、とくにサイズダウンが難しい関節部分の作りなどは、不必要に大きく重いものばかりでした。それを学童選手用に基本設計から見直し、「装着したままダッシュできるキャッチャー防具」として作り上げたのです。

このプロテクター&レガースは、各種野球用防具などの製造でも実績のある、兵庫県の二子商事さんにお願いし、こちらのアイデアを形にしていただきました。同社だからこそ可能な、パーツごとに素材から見直しての製作工程を経て、学童野球選手に最適な製品を作り上げていただいたのです。
このキャッチャー防具は発売と同時に多くのチームから問い合わせをいただき、ヒット商品となりました。お使いいただいたユーザーからの声も「使いやすい」「動きやすい」といった好意的なものばかりで、すでにフィールドフォースの新たな定番商品ともいえる存在になりつつあります。
フィールドフォースは日本国内に自社の生産拠点をほとんど持っていません。社員がアイデアを出し合い企画、立案された商品は、試作から製品化まで、多くは中国の協力工場で形にされます。これが創業当時からの、ものづくりのスタイルでした。わが社のグラブ職人が、選手一人ひとりのこだわりを形にしたオーダーグラブの製作を行う「グラブ工房」は特別ですが…。
もちろん、これら中国の協力工場も、単なる「発注元」と「発注先」という関係ではなく、創業当時からともに歩んできた、ものづくりを行う大切なパートナーであることは、以前、このコラムでも書かせていただいた通りです(→こちら)。

ただ、学童用のキャッチャー防具を二子商事さんと作り上げる中で、私があらためて感じたのは、日本の企業、工場が持つ、卓越した「ものづくり力」でした。出来上がったプロテクターとレガースは、間違いなく、当初、私が考案した以上のものだったのです。
これこそが技術力や工作精度、生産能力などにとどまらず、圧倒的な経験や知識、アイデアや応用力まで含めた、日本企業が持つ底力なのでしょう。まだ見ぬ国内企業や町工場とつながることができれば、これまでにない、魅力的なギアが生み出せるに違いない──。そんな考えに至ったのです。
これまでフィールドフォースが進めてきた、中国の協力工場とともに商品を作り上げるスタイルを方向転換するわけではありません。これまでの事業形態に、新たな取り組みとして、日本の思いある企業や工場とのタイアップによるものづくりを加えるのです。
思いを持つ人たちと、新たな取り組みを
そうした思いを胸に、インスタで発信したのが、「ものづくり大国日本再生計画」でした。ゴールが見えているわけではありません。それでも、チャレンジする価値は計り知れないと思うのです。
これも過去にこのコラムに記しましたが、私は自分の考えや決断を、できる限り公言するようにしています。迷いがあるときは、ことさら声高に。多くの場合、その言葉が逆に、私の背中を押してくれることになるからです(→こちら)。これまでそうして、思いを口にすることで次の一歩を踏み出してきた、私なりの「次の一歩」だったのです。

するとどうでしょう。すぐにいくつかの企業から連絡があったのです。思いを口にすることの大切さや、その効果を、あらためて感じた瞬間でした(ネットで発信する力も)。
わざわざ遠くから千葉県まで足を運んでいただいた企業もありましたし、こちらから出向いてプレゼンし、工場を案内していただいた企業もありました。どれもが相手様の「思い」を感じ、まだ世にない製品をともに生み出すことができるに違いない、そんな思いを抱かせてくれる出会いでした。

バントガードを一緒に開発していただいた田中工業さんの場合は、私の方から出したメールをきっかけに、やり取りが始まりました(→こちら)。その後に判明するのですが、メールに対して即座に電話をいただいた、田中工業の営業課長・田中さんは、同じ昭和50年生まれ。高校時代には対戦経験もあったであろう、ある種の運命すら感じさせるような出会いでもありました。
次々と登場予定、「FIELDFORCE × 〇〇〇」
第1弾商品となったのはバントガードですが、もともと田中工業さんとは「バントガードを創ろう」と考えて連絡を取ったわけではありません。お互いの得意分野の技術を持ち寄ったら、どんなものができるだろうかという雑談から生まれた、「これまでありそうでなかった商品」です。
田中工業さんとは、同じ千葉県の柏市と白井市という地理的近さもあり、何度も足を運んでいただいて打ち合わせを重ねました。そうして、驚くべきスピードで開発が進み、あっという間に商品が出来上がったのです。もちろん、バントガードだけに終わらず、次なる商品も遠からずリリースできるであろうと確信しています。

さて、この11月、フィールドフォースは節目となる営業第20期を迎えました。
おかげさまで、第19期もこれまで同様、過去最高の営業成績を残すことができました。いつも身を粉にして働いてくれている(もちろん、ライフワークバランスには配慮した上で、ですよ)社員の活躍はもちろんですが、フィールドフォースのことを、あるいは製品を、気に入ってお使いいただいている選手やチームの皆様のおかげです。
ただ、現状に安住しないのが、フィールドフォースの方針です。立ち止まることなく、新たなチャレンジへと向かうのです。
うまくいっている時ほど、何かを変えるのは怖いもの。しかし、そこに「思い」を持った人との出会いがあり、つながりができるのなら、ひとたび飛び込めば、新しい世界が広がっているはずです。
「ものづくり大国日本再生計画」は、フィールドフォースの今後を考えたときに、大きな柱となりうる取り組みだと確信しています。商品化は始まったばかりですが、これから次々と登場するであろう、「FIELDFORCE × 〇〇〇」の商品たちは、これまでのフィールドフォース製品ともひと味違う、しかしやはり、痒いところに手が届く、そんなものになるはず。ぜひご期待ください!