地域選抜チームが7割方を占める埼玉予選を勝ち抜いたのは、所沢市で創部30周年となる単独チーム、泉ホワイトイーグルスだった。全日本学童は初戦突破した2003年以来、20年ぶり2回目の出場。昨秋の県新人戦も制した今の代には、エースで四番で主将の大黒柱がいるが、選抜チームは大半がそういうタレントの集団だ。ではなぜ、ことごとく打破できたのか。本番に向けて、週末の練習に励むチームを訪ねた。
(写真&文=大久保克哉)
当たり前を当たり前に。シンプルに己に徹し切る強さ
【埼玉大会Vへの軌跡】
2回戦 〇7対0幸手スターズ※
3回戦 〇17対0オール狭山※
準々決勝〇7対0三郷クラブ※
準優勝 〇7対6西埼玉少年野球
決 勝 〇11対1大宮クラブ※
※地域選抜チーム
「野球でまず楽しいのは打つこと」。就任から12年、井上監督は選手主体の打撃のチームを追求し続けている
一枚の全国切符をかけた県決勝。相手の選抜チーム・大宮クラブは2回戦で20得点など、猛打で鳴らしていた。いざ、ふたを開けてみれば、毎回得点の5回コールドというワンサイドで王者に輝いたのは、31年の歴史をもつ泉ホワイトイーグルスだった。
先発のエース右腕・髙橋隼太主将が1回表を無失点で上々に立ち上がるとその裏、敵失絡みで2点を先取する。すぐさま1点を返されたものの、2回裏には適時内野安打などで6対1とリードを広げる。これで完全に主導権を奪い、エースは3回からまた無失点で完投。火がついた打線は三番・金子聖昌の2ランなど計12安打で11得点をあげた。
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エースで四番の髙橋主将。「向かっていく気持ちはそのままに、やれることを冷静にできるようになった」と、指揮官も高評価
「ウチの髙橋がよく投げて、相手の好投手から先制点を奪えたのが大きかったですね。あとはもう、みんなよく打ちました」
こう振り返った井上貴徳監督によると、県大会の最大のポイントは唯一、単独チーム同士で戦った準決勝だったという。同日の準々決勝に続くダブルヘッダーの2試合目。相手の西埼玉少年野球は、昨年末のポップアスリートカップ全国ファイナルに出場など、ここ数年の躍進が目覚ましい。
「西埼玉さんはよく練習試合もやるチームなので、やりにくかったですね。お互いにエラー絡みで失点した中で、なんとか逆転勝ちさせてもらいました」
先発のマウンドに立った左腕・金子が「守備がヤバかった。あまり振り返りたくないです」と語るほど、序盤に手痛い守りのミスが続いて劣勢に。既定の試合時間(90分)のリミットが迫る中、5回裏の攻撃を迎えた時点でスコアは1対6。この土壇場で打線が下位から一気につながり、五番・和田皇毅の同点3ランなど7対6と大逆転に成功。そしてこの猛攻の終了をもって、試合はタイムアップとなった。
20人のタレント軍を打破
チームの活動は週末のみ。メンバー構成は6年生10人、5年生4人、4年生と3年生が各7人。決して大所帯ではない。それでも至難の大会をぶっちぎりで制した理由は何か?
「みんなが勝ちたい気持ちで一つになれました。ピッチャーがピンチで抑えると、打線が下位からでもつないでいってくれる」(髙橋主将)
「(対戦)相手のことは、いつも関係ないと思っているので」(金子)
「たくさん打ったこと」(和田)
「みんながつなぐ意識で打席に立てたこと」(笠原呼人二塁手)
「自分のできることをするだけなので」(肥田野拓人捕手)
Vナインのコメントを拾っていくと、明確な役割分担と一致団結したチームの像が浮かんでくる。一方で、率いる指揮官はこうだ。
「相手が強くても、先制されても、自分たちのペースを守れたこと。これが大きかったと思います。ラッキーもありましたけど、打てなかったら負けだよね、という自覚と落ち着きが選手たちに常にありました」
四番・髙橋の前後を打つ和田(上)と金子(中央)は「全国でもホームラン」を打ちたいと意気込む。飛距離No.1の六番・肥田野(下)は「全国でもやることは同じ」
高校まで投手として鳴らした井上監督が、指揮官となったのは2011年。チームが全日本学童大会に初出場した03年当時は長男が1年生で在籍も、チームや指導にはノータッチだった。その後に父親コーチとなり、次男も卒団後に監督の要請を受諾したという。以来この12年で、チームは打撃の色を濃くしてきた。
「野球で楽しいのは打つこと。小さいうちから思い切り振りなさい、という指導をしています。打てるようになると、もっとやりたくなる。試合にも出たくなってきて、そのためには守りも必要だよね、と…」(同監督)
つなぎ役だけで終わらない。九番・笠原も逆方向に長打するパンチ力を秘める
2018年夏には、3・4年生対象のティーボール大会アジアオープンで優勝など、打つ喜びに始まる育成指導が高い成果をあげている。それがまた、高学年チームの下地となっているのだろう。
「まずは振ること。次にストライクとボールを見極めること。そして追い込まれたら、際どい球はファウルで粘ること。言うのは簡単で、やるのは難しいんですけど、バッティング指導は『基本に忠実』なこの3段階を徹底しています。単純で当たり前のことを当たり前にやれているのが今年のチームですね」(同監督)
主将も目標も選手たちで
毎年の主将と目標は選手たちで決めるのが伝統。昨秋の新人戦で県大会を制した選手たちは「全国優勝」を新たな目標とし、2月の総会でチームの役員や保護者らを前に発表したという。
投手陣は左右で計5枚。攻守をリードする一番・遊撃の江澤旦紘(写真)も時にマウンドへ
大目標への足掛かりとなる全国出場権をかけた大一番、県決勝を前に緊張が明らかな仲間たちへ、彼らに選ばれた主将は「楽しんで笑顔でいこう!」と声をかけた。また指揮官は、こう諭したという。
「緊張するのは、自分たちが勝ち続けてきたからであって、このステージまで来ていることに喜びを感じなさい。相手がどこだろうと、やることはいつもと一緒。やれることをやろう!」
チーム活動のない平日は練習をするもしないも、すべて個人に委ねられている。「努力のほどは、週末の動きを見ればだいたいわかりますから」(井上監督)。タレントぞろいの選抜チームにも負けなかったのは、各々が「やれること」を日々磨いていることの成果でもあるだろう。
6年時に西武Jr.でもプレーし、2022年に地元・西武入りしたOBの羽田慎之介投手から寄贈のリヤカーも練習で活躍
「キミたちの目標は全国優勝することだから、まだ通過点。特別なことはできないし、プレーの精度やスピードをもう1つ2つアップさせようか」
県決勝を制した選手たちへ、指揮官は涙もなくそう説いたという。そして選手たちからは、県優勝の要因とほぼ同じ言葉が、全国舞台へ向けての抱負として返ってきた。
喜びに端を発する鍛錬も、等身大の実践も、主体はまさしく選手たち。だから、どんなに強い敵や大きな舞台でも気圧されて力が出せない、という心配もない。怪物クラスもわんさといる夏の全国で、最後まで輝くのはこのチームかもしれない。