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【学童監督リレートーク】“あるべき今と未来へ”vol.14

2024.05.27監督リレー
【学童監督リレートーク】“あるべき今と未来へ”vol.14

 石川県の2022年日本一監督からスタートしたリレートークは、1年を超えて14人目で北信越の新潟県にバトンが戻ってきました。監督歴15年で全国出場3回、頭も物腰もソフトな智将は、高校時代の悔いが指導哲学の原点だそうです。謙虚に学ぶ姿勢は不変で、“女子学童野球の母”とも言える県下の要人を介して、女子選抜チームの監督へと初めてバトンが渡りました。

(取材・構成=大久保克哉)

よしかわ・こうじ●1970年、新潟県生まれ。新潟市立鏡淵小で3年から野球を始め、高校まで市立校で捕手一筋。白新中の軟式野球部から高志高へ進み、五番打者として3年春に県ベスト16。転職とともに五泉市に転居し、長男が入部した五泉フェニックスで2007年からコーチを務めて2009年から監督に。2010年に息子2人と全日本学童大会初出場、翌11年も次男と同大会出場。さらに次男が6年生となった2012年は全国スポーツ少年団交流大会初出場と、3年連続で夏の全国出場を果たして全国1勝も挙げた。息子たちが卒団後もチームに残り、今日まで指揮官を務める。秋の新人戦では最高位となる、県大会で2020年に続いて2023年に2回目の優勝を果たしている

[新潟・五泉フェニックス]

吉川浩史

⇩ ⇩

岩橋 誉

[新潟・新潟BBガールズ]

いわはし・ほまれ●1967年、新潟県生まれ。豊栄市立(現・新潟市立)木崎小の5年生から野球を始め、木崎中の軟式野球部を通じて外野手。新発田商高へ進み、3年時は四番・左翼で活躍。長男が入部した木崎イーグルスでコーチとなり、三男が4年生になった代から3年間は学年監督を務めた。県下の女子野球を盛り上げるべく、2008年に発足したBBガールズ普及委員会で、当初から普及振興活動に従事。女子選抜チームの新潟BBガールズにもスタッフとして帯同し、2014年から監督を務める。IBA(少年軟式野球国際交流協会)主催の学童女子選抜大会で、2016年に優勝。同大会準優勝は、雨天順延で途中棄権した2023年を含めて4回を数える

〈経由〉

[BBガールズ普及員会代表]

頓所理加

とんしょ・りか●1975年、埼玉県生まれ。小学生から女子ソフトボールを始めて、捕手一筋。伊奈学園総合高では、八番・捕手で東日本大会にも出場した。短大を卒業後、結婚を機に新潟県へ転居。2004年から10年間は学童の笹山ライオンズでコーチ。2008年夏に学童女子のフレンドシップマッチを県下で初開催、これを機にBBガールズ普及員会を立ち上げて代表に。学童女子選抜・新潟BBガールズで現在もコーチを務めるほか、2013年から5年間は開志学園高の女子硬式野球部、2020年からはNPBガールズトーナメントに出場する新潟トキめきガールズでも指導。現在は全軟連理事、新潟県女子野球連盟会長など複数の組織で要職にある

特別な舞台、思いも共有

 この企画で取材を受けるにあたり、私をご紹介いただいた茨城・上辺見ファイターズの板橋さん(勲監督)に、ご報告の電話をさせてもらいました。誌面を通じて『これからも、ともに夏の大舞台(全国大会)を目指しましょう!』というメッセージをいただいたのですが、あらためてその思いを共有したところです。

「全日本学童か、スポ少の全国(全国スポーツ少年団交流大会)で『お互い、よく頑張ったね』と再会したいですね!」と。絆と絆で結ばれた指導者同士、その大舞台で対面することが、何よりの喜びだったりするものなんです。

 もちろん、交流の場とタイミングは他にもありますし、お付き合いはこれからも続いていきます。ただ、超難関のあの全国大会は特別なんです。板橋さんにとっても、私にとっても。

五泉フェニックスは2010年から2年連続で全日本学童大会に出場。写真上は2011年の開会式(東京、神宮球場)

 板橋さんはしかも、チームをゼロから育ててきたという自負もあるのだと思います。監督になった当初は、試合で最初の3アウトが奪えずにギブアップしたこともあったそうです。「だから、まずは守備を鍛えないといけない」と。そのレベルだったチームを、全国舞台まで導いてきているのですから、人にはわからないご苦労もたくさんあったことだろうと思っています。

 出会いは忘れもしません、2011年春の東日本交流大会(茨城県開催)の2日目でした。私たち五泉フェニックスは、前日のトーナメント1回戦で敗退。翌日の交流戦で顔を合わせたのが、板橋さんの上辺見で、試合前のシートノックで度肝を抜かれました。

 1人2人ではなく、選手全員の守備能力がものすごく高かったんです。どの子も動作にムダがなくて基本に忠実なので、きれいに整って見える。またノックバットを持つ板橋さんの腕前も抜群。左右上下に強弱など、選手たちの動きを見ながら打球を変えて、場に慣れさせようとの意図もうかがえました。シートノックもこういう魅せ方があるのだと、私は呆気にとられたことを覚えています。

昨年秋は県新人戦を制している五泉ナイン。瑞々しい表情も印象的だ

 そしてその板橋さんと、ウチの当時の保護者会長とが同じ運送会社に勤めていたことなどから、チーム同士の交流もスタート。毎年夏には、われわれの新潟までやってきて夏合宿をされるように。

 板橋さんも誌面で言ってましたが、本当に女手抜きの合宿で、父親と選手と指導者だけですべてをやっていました。また、ウチとの練習試合でも審判をしてくれるお父さんたちが全員、審判服を着用。心意気というのか、本気度というのか、そういうものが伝わってきましたよね。以降はウチでも選手の父親に限らず、練習試合でも必ず審判服を着るようになりました。

大人の怒号がなくても、選手たちは真剣そのもので、人の目を気にしてプレーしていない

 合宿中の夜はまた、指導者同士でお酒も交えて交流。板橋さんはあの強面で、アルコールはNGだというので「えっ、ウソでしょ!?」と(笑)。それでも酒宴を嫌がらず、人にどんどん気持ちよく喋らせてくれる、そういう深みもある温厚な人。上辺見という、不変の素晴らしいチームは、この人が築き上げてきたのだと納得するばかりです。

怠惰からの過ちが指導の原点

 上辺見と同じく、ウチも「全日本学童大会出場」と目標を明確に定めています。そこから逆算して、どういう計画でどう戦力を整えて、どう戦っていくのか。これらを模索しながら最善を尽くすのが指導者の役目だと私は考えています。試合に臨む選手には「キミたちは思い切りやればいいから」としか言いません。

 やりたくないときに無理やりに野球をしても、良いことは一つもない。また小学生ですから、遊びたいときも当然あるでしょう。でも、オンオフをしっかりして、「グラウンドに来たからには真摯に野球に向き合いなさい」という指導を心掛けています。心の教育は、私自身の大きな失敗と教訓から来ています。

 私は高校球児の時代に、口先では「甲子園」と言っていましたが、行けるわけがないと思っていました。3学年で70人以上の野球部の中で、私は何でもできるタイプ。ホームランも一番多く打っていました。でも、同級生21人の中で、取り組みが最も疎かでサボっていたのも、間違いなく私でした。

 そして高校最後の夏の県大会。実力からして負けるはずのない相手に対して、捕手の私のパスボールで決勝点を献上して負けました…。

 野球の神様はやはり、一生懸命に頑張った人に微笑むのだと、悟らずにはいられませんでした。もう手遅れで、取り戻すことはできません。でも、自分と同じような過ちを教え子たちにさせないよう、導くことならできると信じています。

 目標を明確に掲げているのも、そのためです。目指すところがハッキリしていればこそ頑張れる、というのが私の持論。今でも、時には大きい声で指示をすることがあります。でも、それは頭に血が上っているからではなく、その場面ではそのほうが伝わる、と判断したからです。

「話はその子その子に合わせながら、丁寧に。でも、今の子は方言も使わないので、伝える難しさを感じています」(吉川監督)

 試合中の選手にわからないことが出てきたとすれば、それは指導者の責任。ミスは必ずありますが、試合後にそのミスと同じ状況やプレーを再現して試すようにしています。そのやり直しで成功すれば、問題は精度だけなので反復すればいい。やり直しでもミスが続くようであれば、知識かスキルか、何が不足しているのかを考えてまた新たなトライをする。基本的に、こういう積み重ねで選手は成長していくと考えています。

 感情任せに怒号を発する指導者は、この何年かで相当に減りましたが、まだ少なからずいます。ある日の対戦相手が、そういう指導者のチームでした。私の目には理不尽に怒鳴られているように見えた選手がいて、試合後にそっと聞いてみたことがあります。

「キミが怒られたプレーは、オレにはそんなに悪くは見えなかったよ。それをあんなに怒鳴られたら、嫌でしょ?」

 すると彼は、こういう一言。

「もう、慣れました」

 あまりにも不憫で、かといって人様のチームに口出しするわけにもいかず。返す言葉もない中でまた悟りました。怒鳴って伝えたところで、選手には右から左へ抜けていくだけで何も残らないのだ、と。

男も女もなく、学ぶべき人

 板橋さんをはじめ、大いに学ばせていだだいている指導者も少なくありません。その中の一人が、私から紹介させていただく頓所理加さん。とにかくバイタリティが豊富で、女子野球への情熱も人一倍。理想を現実にしようとする、その行動力と継続する粘り強さには頭が下がるばかりです。

 昨今の学童野球界では、見ないことのほうが珍しいくらいに女子選手がプレーをしています。しかも、チームの主力となっていることも多い。その理由は第一に、NPBガールズトーナメントという学童女子の全国大会(2013年から毎年夏に開催)が定着したことにあると思います。

5月の全日本学童五泉市・阿賀野町予選会。決勝で相対した、さくらベースボールクラブは女子選手がスタメン出場。スコアに関係なく、双方のリスペクトやスポーツマンシップもうかがえる一戦だった

 頓所さんはそのガールズトーナメントより数年も早い時期から、新潟県を拠点にして女子野球の普及に努めている。誰かが言っていたのですが、まさしく“女子学童野球の母”ですね。今では複数の野球関係の組織で要職にもあるそうで、人望も厚いのだと思います。

 私が監督になったのは2009年の秋ですが、頓所さんと面識を持ったのはそれよりも前。彼女は結婚を機に新潟に来られて、笹山ライオンズ(新潟市)という学童チームでコーチをされていました。

 本格的に交流するようになったのは、ウチが全日本学童大会に初出場した2010年。この年の秋に、頓所さんがコーチを務める新潟BBガールズという選抜チームから「壮行試合のお相手に!」と依頼をいただいて快諾したのが始まりです。

13年ぶり3回目の全日本学童出場へ。6月8日からの最終予選・県大会を前に士気も高まっている

 14年も前になるんですね。当時は正直、女の子なんかに絶対に負けんよ! という勝手なプライドのようなものが、私にも選手にもあったと思います。でも試合をしてみると、勝つには勝ちましたが、四苦八苦で辛うじて、という感じ。

 一方のBBガールズの選手たちは「男に負けない!」など気負った感じがまったくなくて、純粋に野球を楽しんでいました。真剣にプレーしながらも笑顔で和気あいあい。一人ひとりがリーダーのようで「さあ、いこうよ!」という、前向きで明るい声掛けも非常に印象的で、大いに参考とさせていただきました。

 それ以降は毎年秋に、BBガールズとの練習試合が恒例に。ウチでエースになった6年生の女子が、BBガールズでもプレーした年もありました。彼女たちはやはり、どの年も同じように野球を楽しんでいる。

 そこにはきっと、頓所さんの教えや導きもあるのだと思います。女子野球の普及振興活動のほかにも、いろいろと野球関係で従事されてご多忙なのだと思います。背番号30番の「監督」という肩書きはありませんが、「総監督」や「GM(ゼネラルマネジャー)」のような立ち位置でご指導もされています。

 またこのリレートークのコーナーは、『現役監督でつなぐ』というルールもあるそうですが、編集部とも相談の上、頓所さんを介してBBガールズの岩橋誉監督にバトンをつなぐ形とさせていただきました。岩橋さんとももちろん、試合を通じて面識があります。無私の愛をBBガールズと選手たちに注がれている、素晴らしい指揮官。頓所さんも信頼されている一人ですから、間違いありません。

 というわけで、私からはお二人へメッセージを送らせていただきます。

 ジェンダーレスのこの時代、上がる土俵は違いますが、BBガールズには学ぶことも多く、いつも刺激をいただいています。お互いにこれからも、新潟県の野球界を盛り上げていけたらと願っています。

 お二人へそのように伝えてください。

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