学童野球の2023年チャンピオンを決める全日本学童大会は、大阪・新家スターズの初優勝で幕を閉じました。決勝戦は私もスタジアムで観戦しましたが、先制されても動じない戦いぶり、力強いスイングに果敢な走塁、安定感抜群の守備にファインプレーの数々……。日本一にふさわしい新チャンピオンの誕生だと感じました。
スポーツの世界では、最後まで待ち抜いた者がチャンピオン。一方、大会連覇は偉業とも称えられるように、入れ替わりも激しいものです。最上級生が卒業していく学生スポーツでは、なおのことでしょう。
また、必ずしも強い者が勝つとは限らないのがスポーツの醍醐味であり、筋書きのないドラマは大きな魅力のひとつだと思います。学童野球でも、練習環境や戦力(人数)に恵まれたチームだけが、決まって日本一になっているわけではありませんね。
8月11日、大阪・新家スターズが初の日本一に(写真/福地和男)
では、ビジネスの世界はどうでしょう。何をもって「勝敗」や「王者」が決まるのか、定義からして難しいところかもしれません。そこで、「価格競争のチャンピオン」と踏み込んでみると、どうなるでしょう。この場合は残念ながら、筋書き通り。スポーツのような醍醐味もドラマもほぼありません。
「価格競争」とはつまり、安売り合戦のことで、これを勝ち抜いて最後まで生き残るのは結局、圧倒的な大量生産能力や全国一律の薄利多売網を有する大手企業でしかない。また、それでハッピーになれるのは勝ち残った大手一社のみで、関連する工場や下請け、卸売りや小売りの業者も同じくハッピーかと言えば、決してそんなことはないのが大半です。
上記は私のビジネスシーンの経験則であり、だからこそ「安売り競争は絶対にしない!」というのが、経営者として貫いている信念です。では、それでも会社が生き残るにはどうすればいいのか。実際にどのような手を打ってきたのか。当コラムを前後半の2回に分けて、詳らかにできればと思います。
われわれフィールドフォース(FF社)は野球用具を開発生産・販売するメーカーです。
たとえば、Aという商品を開発して1万円で売ると、3000円の利益が出るとします。これが1000個売れると、利益は300万円ですね。仮に、この商品Aをさらに売ろうとして単価を8000円に下げると、利益は1000円になります。1000個売れても利益は100万円。もともとの300万円の利益を確保するには、3倍の3000個を売らないといけない計算になります。
値引きだけで実際に3倍売れればいいのですが、なかなか思うようにはいかないものです。相応の広告宣伝を仕掛ける必要も出てくるでしょう。3倍売るつもりで値下げをしてはみたけれど、2倍しか売れずに利益が200万円で、当初より100万円少ない……。
わざわざ自分の首を自分で絞めにいくような、そういう顛末が珍しくありません。また、そういうアリ地獄のような穴をわかっていながらも、避けては通れずにハマり込んでしまうケースも多々あります。資本主義のビジネスは自由競争。そうでもしなければ、ライバル企業に水をあけられたり、生存を脅かされたりするからです。
2006年11月に創業したフィールドフォース。東京足立区の旧本社
話を少し戻します。値下げによるマイナス100万円分の利益。これをどうカバーするのかというと、多くの場合が「コストカット(削減)」です。響きはいいですが、悪く言えば立場の弱いところから搾り取るのが実情。下請けの工場や卸業者、小売業者を安く叩くことで穴埋めをするわけです。
そのような関係性の中で、果たして品質が向上したり、欠陥品の発生率が下がったりするでしょうか。あるいは、新しい商品Bを開発したときに、卸しや小売りの業者が飛びついてくれるでしょうか。どちらも答えは「No!」ですね。
われわれFF社自身、上記のような負のサイクル、もっと言うと「アンハッピーワールド」の中で、揉まれた約5年間があります。私個人はそれこそ何の達成感も充実感もない、無力感に苛まれる日々でした。ただし、たった3人で創業した会社が社会的な信用や縦横のつながりを築くには、必要な期間であったとも考えています。
専門用語は「OEM」と言いますが、委託先のブランド商品を生産する。創業当初はこの業務がメインでした。もちろん、それでも利益がないわけではありません。受注生産ですから、売れない在庫を大量に抱え込むというリスクも負わずに済みます。
ただし、それだけにすがっている限りは、依頼主(委託先)からいつ来るかもしれない「値下げ交渉」に怯え続けることになる。実際にそれが来た場合には、首を縦に振るしか選択肢がありません。そして問答無用の「値下げ」をされても利益を確保する(自社が生き残る)ために、海外の素材・部品メーカーや工場を叩き、通関業者や配送業者をも突いたりせざるをえない。
2022年12月、国内5カ所目のボールパークを併設する千葉県柏市の新社屋に移転。創業から5年間の「下積み」もあったからこそ今がある
大元(多くは大手企業の経営者やそのポストを狙う人物)が、己の手柄ほしさ(別の目的もあるでしょうが)に「値下げ」という舵を切った途端に、関連する企業が不幸せの色に染まっていく……。
これらは何も過去の話ではありません。現代社会でも、例のアリ地獄の穴にハマっている企業がどれだけあることか。「他社より1円でも安く」を実現するために、身を削ったり、粉にして働く方々がどんなに多いことでしょう。この夏に世間を騒がせた、某中古車販売業者内でも似たサイクルがあったのだろうと推測しています。
実はここ数年内で、FF社も某大手企業から「グラブのOEM」を打診されたことがありますが、丁重にお断りをしました。競売にかけられた上での「アンハッピーワールド」が、行く手にありありと見えていたからです。
『優れるな異なれ』――。
この言葉は後から聞いて深く共鳴したのですが、FF社が大手の下請けのような立ち位置を脱して今があるのは、まさしく「異なった」からです。
創業5年目の2010年あたりに、「OEM」から完全に脱却しました。そして自社ブランド品を強化し、自主練習用の道具やギア、その開発と適正価格での販売を始めたのです。これが結果、「平日練習の市場」を切り拓くことになりました。
自社ブランド品の企画開発会議は「ダメ出し」をしない、というルールがある
野球用品でも既存の必須3アイテム、バット、グラブ、スパイクだけで勝負していたとすれば、遅かれ早かれ「安売り競争」に引き込まれた末に敗退していたことでしょう。透き間とも言えた「個人練習・トレーニング用品」にイチ早く特化し、異なることができたからこそ、新たな市場が育ってきたのだと自負しています。
すでに成熟した市場では、他社より優れた品質やサービスを打ち出したり、より安価で提供をしない限り、お客さんに選んではもらえません。ならば、競争相手のいない市場を自分たちが開拓すれば、パイオニアになれるのではないか。そうなれば、目の前には誰も走っていないし、ライバルがいないので価格競争の必要もない。自分たちの考えるように戦略を立てて、攻めていくことができるのではないか。
これらの考えから行動を起こし、やり続けているからこそ今のFF社があります。『巧遅は拙速に如かず』(※コラム第5回参照→こちら)を座右の銘とする私は、リスクやリターンを想定して天秤にかけながら綿密に計画を立てる、というタイプの経営者ではありません。反面、即座の実行と改善改良を重ねながらの継続にかけては、どこにも負けていないと思っています。
現在は学童野球を中心にした大会に数多くの協賛をしている。写真はメインスポンサーとなっている東京都知事杯の監督・主将会議での筆者の挨拶
また、すべての根源であり、常に宿しているのは「プレーヤーの真の力になる」(企業理念)ということ。平日の自主練習すら満足にできない地域や野球少年少女が増えている中で、何とかその手助けができないだろうか。
創業当初から、その思いで知恵だけは絞ってアイデアを蓄積していました。そしていざ、自社ブランドを立ち上げて世になかった独自商品を次々と生むことができているのは、私が前職の時代から築いてきた多方面とのネットワークがあるからに他なりません(※コラム第3回参照→こちら)。
ありがたいことに、最近はユーザーの多くから「安くて助かります」「儲けはあるの?」という声をいただきますが、利益はしっかりといただいています。なぜなら、安売り競争をしていないからです。
新社屋の社長室入口壁面にも企業理念を掲げている
では、販売価格をいかにして守るのか。次回はそのあたりを書かせていただきたいと思います。
(吉村尚記)