“ノーサイン野球”と“ドンマイ野球”が激突! ノーブルホームカップ第25回関東学童軟式野球秋季大会の栃木予選は10月28日、真岡クラブの初優勝で閉幕した。県下17ブロック代表によるトーナメントの決勝は、どちらが勝っても初の県タイトル。ノーサイン野球を基本とする真岡が、3回に9得点のビッグイニングで勝負をほぼ決めた。ミスを引きずらない石井学童野球部は、総力戦で最後まで粘るも、大勢は揺るがなかった。
※記録は編集部
(写真&文=大久保克哉)
■決勝
石 井 100010=2
真 岡 20901 X=12
【石】山﨑、新井、佐藤-新井、荒山、新井
【真】川又、勝田-勝田、川又
本塁打/今西(石)、勝田(真)
⇧優勝=初/真岡クラブ(真岡)
⇩準優勝/石井学童野球部(宇都宮)
学校行事などの都合により、決勝は当初予定の9時から16時半開始に変更。会場の芳賀町ひばりが丘公園野球場は内野が土、外野が天然芝で70mの特設フェンスはなし。夜の帳が下りてくるのと同時に力強さを増すナイター照明のなかで、際立ったのは真岡クラブの先発・川又崇雅の直球の走りだった。
真岡の先発・川又は投げるほどに球威を増していくようだった
この本格派エースの最速は102㎞。決勝では常時3ケタに達していただろう。「初回に甘く入った球をホームランにされちゃったけど、その後はコントロール重視に切り替えて。緩急の投球はまだ習得中なので、スローボールはほとんど投げませんでした。内容的には良かったと思います」(川又)
そんな出色の右腕に先制パンチを浴びせたのが、石井学童野球部の三番・今西唯翔だ。1回表、左打席から右中間を破るランニングホームラン。続く新井橙馬は速球を流し打つ右前打から二盗も決めた。そして、五番・山﨑凛之介も芯でミートしたが左飛で攻撃終了。
1回表、石井の三番・今西が右中間へ先制ホームラン。最後は捕手のタッチも間一髪でかわした
1回裏、真岡がすぐさまやり返す。一番・佐藤稜真の右中間三塁打に、続く毛塚奏汰の中前打で1対1。毛塚は二盗と内野ゴロで三進すると、四番・大塚悠生の左前打で2対1と勝ち越した。
1回裏、真岡は佐藤の右中間三塁打(上)と毛利の中前打で同点(中)。なお一死三塁から四番・大塚が三遊間を破って(下)2対1と逆転
2回は双方の先発が四球を出しながらも無失点。石井の先発・山﨑凛は緩急を駆使、一死二、三塁のピンチを内野ゴロ2つで切り抜けた。また、双方の守備で共通して目を引いたのが、下級生の遊撃手だった。
真岡の舘野奏空は3年生、石井の伊東叶多は4年生。奇しくも、名前の読みが同じ「かなた」。舘野は俊敏で5回には1―6-3の併殺も決めた。伊東は冷静なゴロ捌きと強肩で投手を助けた。ダブル「かなた」には、それぞれ世代を代表してプレーするような未来も開けているのかもしれない。
真岡の遊撃手は3年生の高山。俊敏かつ確実なプレーが光った
全学年で活動しており、スタメンの下級生は石井が4人、真岡が3人。重なる点も多かった両軍の頂上決戦は、3回で大勢がほぼ決することに。
主力組の経験値で上回る真岡が打者12人で9得点。四番・大塚、五番・川又の連打に二番・毛塚の試合2本目のタイムリー、三番・勝田透羽主将の3ランと、上位打線のバットがことごとく得点に絡んだ。
3回裏、石井は守備が乱れて投手陣も苦しんだが懸命に声掛け(上)。真岡は4四球3安打で6点、さらに三番・勝田主将がダメ押しとばかりに3ラン(下)で11対1に
「待て」のサインなくとも
3回裏、守る石井は適時失策やバッテリーミスから、投手陣が制球難に陥る悪循環に。一方の攻める真岡は、ベンチから「待て」の指示もないなかで4つの四球を選んでいた。各打者は構える前に指揮官を見たが終始、ノーサイン。それも大勢が決したからではなく、この大一番でのサインは九番の3年生・高山剣輔に出された犠打1度のみ(ファウルでその後、四球=2回)だったという。
無安打ながらストライクを果敢に打ちにいった真岡の3年生・高山
真岡を新チームから率いる勝田隆志監督は、背景をまずこのように語った。
「近年は上級生が少なかったので5年生の主力はもう3年目。もともと、バントで1個のアウトをあげるより、打て打てバンバンというチームなんです。打撃を重視してきたら、みんな体重が増えて走れない子ばっかりに(笑)」
真岡は全学年18人で活動。真岡工高出身でコーチだった勝田監督が、新チームから指揮官に。選手主体のほぼノーサイン野球を展開する
今夏は6年生1人ながら、125チーム参加の県大会トーナメントで4強進出。大きな貯金がある新チームは、指揮官の深い理解と愛情によってノーサイン野球を我がモノにしつつある。
「このところのびのびし過ぎちゃって、手をつけられないんですけど、怒って萎縮しちゃうよりは元気にやってほしい。選手は指示待ちだと、自分で考えないし、覚えない。状況も読めないので、ベンチが指示を忘れると何もできないわけですよ。だから各状況で常に声を掛け合って、自分たちで考えを出し合って。間違ってもいいし、同じミスをしてしまうのも子ども。学童野球が彼らのゴールではないので」(勝田監督)
石井の磯島監督は宇都宮工高で96年春の甲子園8強入り。4年前の指揮官就任から「ドンマイ野球」で廃部危機も脱して現在は選手23人に
決勝戦はコールド決着なしのローカルルールが採用されていた。石井は3回で10点差をつけられたが、三番手の4年生・佐藤大夢が奮投。バックも守りを立て直して反撃体制に。5回表には九番の4年生・相羽結斗と一番・伊東の連打に、敵失で1点を返す。6回表は代打と代走のカードを次々と切りながら3連打で満塁とするなど、最後までファイティングポーズを崩さなかった。
〇真岡クラブ・勝田隆志監督「きょうは出来過ぎかな。ウチは本当にノーサインで、『待て』の指示も何もないのにボール球をよく見て待って、来たストライクを打って。ただ、カウントミス(誤認)があったのは、考えていない証拠。今の時期はまだ手をつけませんが、走塁も力を入れて、来年のマック(全日本学童)に出たいですね」
●石井学童野球部・磯島卓也監督「調子の良い子から投げていくという、いつも通りの継投でした。今日はちょっと守りも乱れたりで、力が及びませんでしたが子どもたちは成長し続けています。準優勝までホントによくやってくれたと思います」
―Pickup Hero―
ノーサインの急先鋒
かつた・とわ勝田透羽
[真岡5年/捕手]
熱烈な大応援を背に、県のチャンオンに初めて輝いた真岡クラブ。3年時から主力を担っている新チームのキャプテンは、見た目もプレーも心強い存在だ。
扇の要で守備を自ら統率する。配球面は指揮官から新たなヒントや提案も受けて経験を重ね、幅を広げてきた。今では「自分たちで全部考えて組み立てています」(川又崇雅投手)。
打線では三番に入り、決勝の3回には勝利をほぼ決める豪快な3ラン。「絶対に打ってやる、決めてやる、という気持ちで打席に立ちました」。大地をしっかりと踏みしめて逆方向へ飛ばしたその一打もお見事だったが、1回の進塁打も地味ながら効いていた。
1対1に追いついてなお、無死二塁の好機で二ゴロ。看板打者でも、状況によっては進塁打という最低限の仕事を当然のようにやり遂げる。こういうリーダーがいるからこそ、選手主体で勝ちを呼び込めるのだろう。
「みんなで声を出し合って、点を取れたので優勝できたと思います。来年夏のマクドナルド(全日本学童)出場がチームの目標です」
固有のノーサイン野球で11月25日からの関東大会、さらに来年夏の全国大会も席捲する。
―Pickup Team―
“ドンマイ野球”で大躍進
いしい石井学童野球部
[宇都宮市]
大差をつけられても、弛緩したムードはなかった。最後までファイトし、銀メダルを胸にした選手たちの目は生きていた。
「この大会では、最終回に7点取って逆転勝ちした試合もあったんです。子どもたちはホントによくやりました。胸を張っていい準優勝だと思います」
試合前からの笑顔と試合中の前向きな言葉掛けが印象的だった磯島卓也監督は、敗退後も悔しそうな表情がなかった。
6回表は山﨑凛、荒山主将(上)、代打・須藤(下)の3連打で満塁の好機をつくるなど、最後まで奮戦した
この秋は大躍進と言っていいのだろう。活動する宇都宮市は全国でも有数のハイレベルな大激戦区。石井学童野球部がここを勝ち抜いて、さらに県大会の最終日まで戦い続けたのは初めて。在籍選手が1ケタのこともあったという数年前を思えば、奇跡的とも言える。
「コロナ禍もあったりで苦労しましたけど、ようやくこのところ、選手も増えてきてくれました」
こう語る磯島監督が、コーチから指揮官に転じたのは4年前。自身は宇都宮工でセンバツ甲子園8強まで進出したときの中堅手だが、結婚して授かったのは女の子2人。「娘たちはブラバンで野球部の応援をしています」。
甥っ子が石井学童で野球を始めたのを機に平日練習にコーチを務めるように。それが指導キャリアの始まりだった。
「やるのは高校生ではなくて小学生です。恐怖心を与えて動かすような野球ではなく、ミスもあって当たり前。そこからどうするか、という“ドンマイ野球”を心掛けています」
二番手・新井橙馬は制球に苦しむも、球威は十分。飛躍が期待される
決勝は投手陣が制球に苦しむ場面もあったが、それぞれ基本に忠実な投げ方が備わっていた。右翼と捕手を務めた荒山悠翔主将がこう語る。
「監督は間違いとかを結構、教えてくれる。たまに怒鳴られたりしますけど、練習もとても楽しいです。チームはバッティングが良いところなので、みんなでもっと長打を増やしていきたいです」
ヘタに気負いのない23人の新チーム。その躍動によって、宇都宮市のレベルと競争力が一段と引き上がることだろう。