本気でスポーツをしていれば、厳しい状況は自ずとやってくる。つまり「厳しさ」は指導者が与えるものではなく、選手が感じるもの。前回の応用編❶では、そこまで言及しました。では、試合中のミスや失点直後など、より厳しい状況にある選手に対して、指導者はどう対処するべきか。「責めない」代わりに「切り替え」を促すのがオススメ。その目的と効果、実践例を紹介していきます。
[監修/諸星邦生]
vol.8
責める代わりに切り替えのススメ
徐々に確実に変化はしているものの、いまだに昭和チックな一方通行の指導や大人の高圧的な言動も散見される野球界。みなさんは、昨今の指導現場をどのように感じていますか?
今も昔も、週末のグラウンドで指導者のこういう声はよく耳にすることと思います。
「おい、切り替えろ~!」
「切り替え、切り替え!」
試合中に手痛いミスをした選手にその場で。あるいは失点したり、逆転されてから3アウト目を取ってベンチに戻ってきた選手たちに対して。
そこで使われる「切り替え」という短い言葉には、過ぎたこと(ミスや失点など)は忘れて、次のプレーに集中しよう! というメッセージが込められているのだと思います。私もそういう意図で、このフレーズを使うことがままあります。
ただし、単純にその言葉を発するだけでは、事態が何ら変わらないことも多いことでしょう。「切り替え!」を連発し過ぎても、あまり効果を得ないことも十分に考えられます。
野球や子どもだから、効き目がないのではありません。われわれ大人でも、日常や仕事中の失敗を引きずることが少なからずありますね。ましてやそれが、野球の知識も経験も乏しく、人格形成も途上の子どもとなれば、ついさっきの失敗からなかなか立ち直れないこともあって当然なのです。
5年生や6年生、いや、かつて私が指導していた高校生でも、指導者からの「切り替え!」の一語でマイナスの感情を抜け出せるケースは、それほどないと思います。ミスや失敗の重さにもよりますが、逆転タイムリーエラーや、一打同点のチャンスで見逃し三振など、厳しい結果であるほど尾を引いてしまうものです。
指導者に責められた選手は…
過去に高校野球の監督をしていた私は長いこと、選手のミスや失敗を一方的に責め立てていました。時には感情のまま、こういう言葉を平気で吐いて責任を押しつけていたのです。
「オマエのあのミスで負けたな!」
「何でできないんだよ!」
「意識が足りないからだろ!」
そういう言葉を吐かれた選手が、思考停止(ある種のパニック)に陥ることも多々あったと記憶しています。しかし、当時の私は、メンタルトレーニングやコーチングの知識も皆無。「監督」という立場をいいことに高圧的に発する言葉には、経験則以外の根拠に乏しく…。
ただがむしゃらに「気持ち」や「気合い」で解決できると信じていました。今こうして振り返っても、当時の教え子たちには申し訳なさしかありません。
ではなぜ、選手を責めてはいけないのでしょうか。前述した通り、選手が思考停止の状態に陥ってしまうからです。試合中に思考がストップしてしまうと、以降のプレーでパフォーマンスを発揮するのは極めて困難です。
野球は1球1球に「間」があります。そこで頭を使い、適切な準備や判断・理解をすればこそ、本来のパフォーマンスを発揮できるのです。そして選手たちのパフォーマンスの度合いが、勝敗を左右することは言うまでもありません。
にもかかわらず! 指導者の言動がパフォーマンス発揮を妨げているケースがいかに多いことか。またこの事実に、指導者自身が気付けていないことがさらなる罪。かつての私のように…。
ミスをしようと思ってミスをする選手はいません。すべての選手が、成功するために、成功を願いながらプレーをしています。
今の私であれば、試合中にミスや失敗をした選手には間髪を入れず、次のプレーや行動の準備をさせます。そのためには、どのような言葉が有効でしょうか。
答えは一つではありません。指導者のみなさんも、自分とチームの状況を思い描いて考えてみてください。発想のヒント(種類)と具体例をいくつかご紹介しておきます。
■マインドを変える言葉――「次、行こう!」
■具体的な行動を促す言葉――「空を見てみようか!」
■次に同様のケースがあった場合に、プレーするイメージを膨らませる言葉――「逆シングルOKだよ!」
今さっきのミスや失敗を言葉でなぞったり(指摘)、その是非(ジャッジ)など、過去については一切触れないのが大事なポイントです。選手のミスや動きの現象を指摘するだけでは何の効果もない(むしろ逆効果)のですが、これだけで指導をした気になっている大人、みなさんの周りにもいたりしませんか?
どうしても、ミスそのものに踏みこむ必要がある場合は、試合が終わってからにするべきです。試合中はとにかく、選手の思考が停止しないように心掛けるのが最優先だと私は考えています。
また、練習時から「次にどうするか!?」という訓練をしておくことで、試合中の「切り替え」をより促せるようになります。先述したように、手痛いミスや失敗から、心をすぐに立て直すのは容易ではありません。
しかし、難しいからやらないのでは進歩がありませんね。日常的に取り組んで「慣れ」を生じさることによって難易度を下げていく、という考え方を用います。
練習中のミスにはもちろん、プレーを中断しての指導(質問や解説)も大いにありでしょう。練習から同じミスを同じように繰り返してそれを流していては、精度が高まることはまずないと思います。
練習中は、ミスした選手と(場合によっては全体で)対話をしながら再発防止策や改善法をともに探る。そこでは当連載の基礎編❷「傾聴」や❻「引き出す」のスキルが役立ちます。
そしてそういう時間・指導を経たら速やかにトライ! そこでは「さあ、やってみよう!」「試してみよう!」など、挑戦しやすい言葉掛けが有効。また、フィールド上に限らず、日常の生活から「切り替え」を訓練しておけば、試合中に効果をより得られることでしょう。
とはいえ、日常の「切り替え」も言うほど簡単でも単純でもありません。有効な手立てをいくつかご紹介します。
■場所を変える
■一時的に1人の時間をつくる
■セルフトーク
最後の「セルフトーク」とは、自己対話のことです。メンタルトレーニングの分野では、日常的にこれをすることによって、不安の解消や自信・競技パフォーマンスを向上させる、という効果が報告されています。
ミスしたイメージを払拭するために「次は大丈夫!」「仲間が助けてくれる!」「オレならできる!」など、前向きな言葉を自分自身に言い聞かせる。ある種の暗示と言えるかもしれません。指導者がこの方法を知っていると、選手に促すこともできると思います。興味が沸いたら、さらに深く勉強してみてください。
いかがでしたでしょうか。「切り替え」の必要性を知ることで、選手を責めることなく、コーチングをしていくことができるようになっていくはずです。
私は高校野球監督時代の晩年には、「切り替え」のために試合中に必ずやっていたことがあります。5回終了後のグランド整備や給水のクーリングタイムには、全選手と一緒にベンチ裏へ移動。そして全員で目を閉じて「オレたちはできる!」という言葉掛けをしていました。
一旦はリセットするので、その時点でのスコアも試合の流れも関係ありません。また、反省もしませんでした。途中経過は、そこに至るまでのベストであり、その先のベストを発揮させることが試合中の指導者の役割だと考えていたからです。
その瞬間、その場に応じて、「切り替え」を促せる。そういうコーチングスキルを身につけたいものです。また、選手にだけ促すのではなく、指導者自身も意識的に「切り替え」に励むことで、得られるものもあることでしょう。
指導者も人間です。腹が立つことやイライラするケースがなくなることはないと思います。でも、そういうマイナスの感情のときに、率先して切り替えていく。
それができるようになってくると、ミスした選手の気持ちを本当に汲み取ることもできるようになるはずです。逆に、そういうマインドにまで達したときには、腹が立つことも半分に減っていることでしょう。
すると、選手のパフォーマンスを発揮させる指導が加速していきます。勝負強さが育まれ、各々の「好き」を伸ばしてあげることにもつながっていきます。
『大人が変われば、子ども変わる』
『大人が切り替えれば、子どもも切り替えられる』
素敵な指導者を目指して――。
[野球まなびラボ 理事]
もろほし・くにお●1978年生まれ、東京都出身。大田区の美原アテネスで野球を始め、6年時から硬式の大田リトル・シニアへ。東海大菅生高で3年夏に九番・左翼で甲子園2回戦まで進出、国際武道大で4年春にメンバー入り。卒業後は保健体育科の教諭となり、東海大菅生高コーチを経て千葉・我孫子二階堂高へ。硬式野球部の監督を20年務めて、2022年夏に(一社)野球まなびラボの理事に就任。ボールパーク柏の葉にて「体軸×野球教室」や「中3塾」を主宰するほか、出張指導やメンタル講座も。1男1女の父
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