全国に1万近くの学童野球チームがありますが、地元の少年サッカーチームと交流したり、SDGsに重なる活動をしているのは唯一かもしれません。コロナ禍でNPO法人となり、2021年には全日本学童大会に2度目の出場も果たした吉川ウイングス(埼玉)です。創立から46年の伝統を重んじつつ、斬新な取り組みで時代の先端を走るチームであることは、練習内容からも読み取ることができました。
※「プロローグ」縦向き動画→こちら
斬新な活動、なるほど!の練習で全国出場。学童界の先端をゆくNPO法人
【参考ポイント】
▶練習効率と効果の高め方
▶できる指導者たちの共通点
▶真の共感と尊敬を呼ぶ指揮官
▶コロナ禍を逆手にした努力
▶全国大会出場に必要な要素
▶法人化のメリットと責任
⇧低学年の練習❿の極意
⇩高学年ハイパー練習
音楽に乗せて
その人がどの地域で、どういう経路で野球をしてきたのか。チームや指導者の名前を聞いただけで、ある程度の野球観や実力などの察しがつく。そういうカテゴライズも容易なほど、日本の野球界には独特の風習や縦横の関係が存在する。良く言えば伝統、悪く言えば旧態依然やシガラミ、だろうか。
ともあれ、対子供の指導に選手時代の実績はさして重要ではない。何より大切なのは柔軟に学べる向上心と、適切に味付けができる理解と発想力。そしてそれらを具現、改良し続ける行動力なのだ。
吉川ウイングスの週末の活動に1日密着し、合理的で効率性を伴う練習を目の当たりにして一番に感じたのはそういうことだった。大人の怒号がないのに活気に満ちていて、ボールと人が常に動いている。どんどんトライする選手たちから読み取れるのは、うまくなりたい! という一心だった。
低学年のアップを兼ねた基礎練習では無数のマーカーが移動や動作の基準に。このひと手間が選手の習得をより促す
高学年に打撃マシンを開放していたライチタイムと、投手・捕手・内外野に分かれてのパーツ練習では、フィールドに今どきの音楽が流れていた。スマートフォンからスピーカーに飛ばすだけの仕掛けだが、前向きな歌詞やメロディが選手と指導者の意欲を助長しているように見受けられた。
「音楽の導入は今年からです。反復練習とか、黙々とやるマシン打撃とかノックは、リズムに乗ったほうがいいんじゃないか、と。こうして新しいものはどんどん採り入れて良ければ継続、もし悪ければやめる。その繰り返しかなと思っています」
こう語る岡崎真二監督は、向上心の塊のような賢い指導者だ。選手経験はさほどないが、8年前にコーチの依頼を引き受けてからは、書物や人に多くを学び、名将や強豪チームのノウハウを自らの指導や練習にアレンジをしてきたという。
現在は5年生以上の高学年チームを率いるが、低学年チームの安保大地監督は「練習は岡崎さんがコーチの時代にやっていたことを元にして、アレンジしています」と語る。要するに、コーチ陣も目上や従来の手法を根こそぎコピーするだけのロボットではなく、本質や根本を理解してリメイクする「岡崎イズム」が根付いているのだ。
6カ所同時の打撃練習は次の番を待つ選手(素振り)を含め、棒立ちの姿がどこにもない
1977年に「吉川ホエールズ」として発足したチームは、84年に改称。初代の竹内昭彦監督(現・理事長兼総監督)から、OBでもある樋髙敏之監督(現・理事兼GM)にバトンタッチして、2004年に全国初出場(全日本学童大会)を果たした当時から、合理的で効率性を重視した練習を実践していた。
「合理的」や「効率性」とは、場所と時間と道具と人の頭数を最大限有効に使っていること。実戦に結びつくプレーに優先順位をつけて実践したり、徐々に難易度を上げていくこと。あるいは、子供自身が実戦(同じ景色)を自ずと描ける内容であること。
合理的かつ効率的
詳しくは冒頭の動画でご確認いただきたいが、例えば内外野のノック。ウイングスにはボール係やプレーと無関係の返球がなく、ケース内のボールが尽きるまでハイペースで続く。低学年の内野なら、ノッカーと一塁手を2人ずつ配して、通常の倍の数をこなしている。捕球後はノッカー(正面)にではなく、左方向へ送球するのは効率性に加えて、実戦では本塁送球(正面に返球)より一塁や二塁(左方向)へ投げることのほうが圧倒的に多いからだ。
低学年の走塁練習(アップを兼ねる)でも、実戦での頻度と重要性が高い三塁と二塁からの練習にも多くの時間を割き、実際に投球や打球を入れて判断力を養っていた。「低学年は野球知識もゼロから始まりますし、実戦では二塁からのスタートがほとんど(出塁すれば、ほぼ二進できる)ですからね。毎回その練習もやっておくことで、1点の大事さがみんな分かってくると思います」と宮澤優二コーチ。
2021年夏に17年ぶり2度目の全国出場を果たしたメンバー(提供/吉川ウイングス)
活動拠点の中曽根公園のグラウンドは、70mサイズの四方が高いフェンスで囲まれている。学童野球に最適なこの環境を土日と祝日はほぼ独占できるという。また現在は、マシン3台もフル稼働しての6カ所同時打撃を高学年が行っている。こうしたハード面の充実も、先に挙げたような「合理性」や「効率性」も考えられる指導陣ゆえの実績の積み重ねがあればこそだろう。
夏の全国出場は2回。秋の新人戦でも最上位の関東大会出場や、自主対戦形式のポップアスリートカップは関東クライマックス(最終予選)まで進出など、安定した成績を残してきている。
三位一体で向かう
あらゆるパイオニアとも言える岡崎監督は、高学年の指揮官に就任した2021年に、いきなり夏の全日本学童大会までチームを導いた。ウイングスにとって17年ぶりの大舞台では、優勝することになる大阪・長曽根ストロングスに1回戦で敗退も、序盤の0対7から反攻に転じて最終スコアは5対8。最多優勝を誇る横綱を「少しだけ苦しめられたと思います」と回想する。また、超難関の埼玉代表の座を勝ち取ったのだという自信やプライドのようなものも選手たちに感じたという。
「全日本学童予選の埼玉大会は、半分から2/3くらいは各市町の選抜チームが出場します。私たちの吉川市は昔から市の大会を制した単独チームが参戦しますが、そういう厳しい県大会を単独で勝ち上がれたのは、幼少のころから互いに切磋琢磨してきた仲間同士でひとつの目標に向かってきたからだと思っています」
今年は6年生が11人。「小粒でそんなにすごい選手はいないですけど、個性と可能性を持っているチーム。私自身はまた全国に出たいと強く思っていますが、その思いが独り歩きして子供たちにも『全国!』と言わせているのかなと感じることも…」
指揮官の心配をよそに、正捕手の玉井蒼音主将は間髪を入れずに目標をさらっと口にした。
「全国制覇です! そのためにみんなで一致団結することが大切です」
高学年の入門者のレクチャーでは、タブレット版の動作解析ソフトの活用をテスト中
父親たちはチーム内では「ヘルパーさん」と呼ばれ、練習全般を手伝う。まだ甘えたい盛りの低学年では、練習中は自分の息子・娘とできるだけ関わらないのがルール。母親たちはフィールドの外から選手たちを見守りながら給水、捕食、ケガなどのアクシデントにも対応する。これらもウイングスの伝統で、父母会の新田知子会長は指揮官にも似て実直だ。
「母親の当番制がないと言ったら間違いなので正直、あります。ただ、下の子が幼かったり、遠方から通ってきたり、各ご家庭の事情もありますので、回数や時期なども考慮・調整しています。ウイングスは46年の歴史がありながらも、残すものと変えるものとがハッキリしていて、親同士も助け合える関係にあります。子供と同じ熱い気持ちを母たちたちも持たせていただいていて、私は土曜日になると自然に足がグラウンドに向いていますね」
チームのモットーは『一生懸命&思いやり』。岡崎監督は組織の調和を重んじている。「県ベスト8や16という目標であれば、選手の能力だけでいけるかもしれませんが、全国出場にはチームの一体感、選手と保護者と指導者の三位一体で取り組まないことにはなかなか実現は難しいかなと考えています」
コロナ禍を逆手に
大会中止に活動自粛。計らずも人類が陥った「コロナ禍」で、野球界も野球人も大きなダメージを負った。しかし、この鬱屈とした期間に、ウイングスは見事に脱皮していた。創設者の竹内理事長兼総監督の悲願でもあった、法人化を実現したのだ。
政府の緊急事態宣言によって、それまで当たり前にあった週末の活動がウイングスでも一時は完全になくなった。やがて、人数や時間を限定しながらの自主練習を見切り発車したが、それでも有り余った時間と労力を法人化に注いだのが岡崎監督だった。もちろん、チーム内の役員、指導陣、スタッフは周知の上で。
「専門家に頼めば簡素化されたんでしょうけど、私は1から勉強したので非常に時間はかかりました。定款など複数の必要書類の作成から行政との打ち合わせや申請など、すべて一人でやらせていただきました」(岡崎監督)
晴れて2020年5月23日、吉川ウイングスは「特定非営利活動法人」(NPO法人)に認定された。コロナ禍における政府の最初の緊急事態宣言が終了する2日前のことだった。
活動拠点「中曽根公園」と周辺で定期的に美化活動。これらもSDGsの取り組みに重なる(提供/吉川ウイングス)
学童野球チームでも、法人格となることでのメリットは多い。社会的な信用が増して行政との連携や、地域の企業・団体などの協力も得やすくなる。3月に7市1町から招く吉川市近隣大会、11月に関東圏の新チームを招くジュニア・フレンドカップという2大会の主催もウイングスの伝統だが、NPO法人となって会場の手配もチームの招へいも俄然、スムーズに。また7月下旬には「NPO WINGS CUP」という3つめの主催大会もスタートしている。
当然、責任も生じる。指導者の体罰やパワハラなどもってのほか。毎年の決算や地域コミュニティや社会貢献活動の報告など、正規の書類の提出もなしには存続できない。つまり、一時の熱や一部の人だけでは叶わないのが法人化なのだ。
「目の前の練習、試合、大会を最優先にしながらですけど、ウイングスでしかできない活動、ウイングスだからこそ経験できる活動というものをモットーに、学童野球の活動の広がりを発信していければなと思います」(岡崎監督)
ウイングスならではの活動とは、主催3大会の運営と練習・試合を除いても現在は多岐にわたる。同じ地元のサッカースポーツ少年団や青年・シニア層のソフトボールチームなどとの交流イベントで、キックベースや炊き出しをしたり。練習場と周辺の定期的な整備や草取りなどの美化活動のほか、行政と手を組んでの野球セミナーも開催している。
サッカーやシニア層など、競技や年代の垣根を超えたコミュニティ「中曽根スポーツ交流会」では、年末にレクリエーションや炊き出しなどのイベントも(提供/吉川ウイングス)
選手の人間性教育を含む、そうしたクラブとしての取り組みは結果として、SDGs(持続可能なより良い世界の実現に向けた国際目標のことで、2015から2030年までに達成するべき17のゴールが国連サミットで採択されている)のうち12の目標に該当している。
「年間の活動内容やクラブの方針を1枚にまとめてプリントアウトして、毎年1月の総会で各家庭にお配りしています。野球教室とかSDGsとか、やらなくてもいいものかもしれないですけど、誰かがやることによって学童野球が盛り上がるんじゃないかとも思っています」
「情熱」の炎
理想を唱えて終わらず、率先しているからこその重みがある。取材したどのコーチからも、異口同音に聞かれたのが「岡崎さんの情熱」だった。その証しとも言える驚きの事実をコーチから聞いたのは練習終了の間際だったが、当稿でも最後にお伝えしよう。
岡崎監督はいつからか、腰の骨が折れているという。以前から慢性的な腰痛に悩んでおり、息子が整形外科に通院するタイミングで一緒に精密検査を受けてみたところ、「腰椎分離症」で骨の一部が折れていることが判明。だが、指導の方法もスタンスも何も変わらないので、チーム内でも「指揮官の骨折」を知らない選手や保護者のほうが多いようだ。
日常生活では患部を固定・保護するコルセットが欠かせないが、ユニフォームを着るときは外している。立っているだけでも痛いはず。ところが取材日も、指揮官はフィールドに直立して練習を見守り、移動しながら個々に注意をしたり、助言を与えたり。捕手の個別特訓では延々とボールを投げてもいた。さすがにノックはコーチ陣に任せていたが、公式戦前の5分間のシートノックは自らバットをふるうという。
「コーチたちと助け合いながら何とか、ですね。ホントに今は情熱だけでやっていると言っても過言ではないくらい。厳しさの中にも愛情さえあれば、子供たちにも保護者にも伝わるのかなと思いながら、その情熱が燃え尽きるまで続けたいと思っています」
向上心も理解力も行動力も、「情熱」という下地があればこそ。あるべき指導者の根本を身をもって挺するかのようだった。
(大久保克哉)
NPO法人化に寄与した翌年に全国出場。現在は腰の骨が折れているが、微塵もそれを感じさせない岡崎監督。その英知と情熱に内外から共感や賛同が集まる
【野球レベル】全国大会クラス
【活動日】土日と祝祭日
【規模】全学年で40人程度
【組織構成】役員4人(監督含む)、指導部、審判部、父母会(当番は応相談)
【創立】1977(昭和52)年「吉川ホエールズ」/1984年改称
NPO法人吉川ウイングス/設立認証2020年5月23日
【活動拠点】埼玉県吉川市中曽根
【役員】理事長兼総監督=竹内昭彦/理事兼GM=樋髙敏之/理事兼マネジャー=大塚悦子/幹事兼監督=岡崎真二
【選手構成】計37人/6年生11人/5年生6人/4年生7人/3年生7人/2年生2人/1年生~未就学4人※2023年度、4月16日現在
【コーチ】高学年=玉井秀明/審判部長=髙山岳/高学年兼低学年=宮澤 優二/低学年=安保大地、福森智哉
【全日本学童大会出場(成績)】2回=2004年(16強)、21年(1回戦)
【全国スポ少交流大会出場(最高成績)】なし