「にいや」でも「しんか」でもなく、「しんげ」。大阪府の泉南市にあって、JR西日本の駅や公立小学校の名前にもなっている地名「新家」はこの2023年夏、一気に知名度を増したことだろう。創部44年目の新家スターズが「小学生の甲子園」こと全日本学童軟式野球大会マクドナルド・トーナメント(全日本学童)を初めて制覇。鍛え抜かれた戦力も展開した野球も王者にふさわしく、指揮官も通常の活動もまた君子にたるものだった。
(動画・写真・文=大久保克哉)
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西の都から44年目で日本一。君子は時代をリードするべく、盗塁の奥義も公に
【参考ポイント】
▶相手を選ばず二盗を決める術
▶喜びと楽しさを生むサイクル
▶段階的な育成システム
▶環境も手にした人となり
▶2年生までの「遊び」
▶4年生までに醸成する「勇気」
『天下獲りの走塁・実践編』(高学年)20min
『天下獲りの序章❶入門編』(1&2年生)12min
『天下獲りの序章❷道場編』(3&4年生)14min
ことごとく驚きを感心に
大人もたじろぐような眼光の鋭さがある。時には空間を割くような檄も飛ぶ。しかしながら、その懐へ迫るほどにギャップが嵩を増していく。賢さと実直さ、対子どものコミュニケーション力と細やかさに、感服させられるばかり。
2023年の日本一監督は、そういう指導者だった。何をどう聞いても、理路整然と答えがすぐに返ってくる。
たとえば、取材日の高学年の午後練習だ。動画に収めた『走塁』以外にもメニューは多数あり、大枠でも打撃、守備、実戦形式、投球と30分程度でどんどん切り替わっていった。これは取材者用のデモンストレーションではなく、いつものことなのだという。
「正直、子どもを飽きさせるのがイヤなんです。学校の勉強で言うたら、5教科を全部やっていく。パンパンパンパンと次々に。今日はできんかった技術があったとしても『明日にしよか!?』という感じで」
こう語って目を閉じた千代松剛史監督は、世相を読む力もあり、己を客観視して省みることもある。体罰などないが、人として行き過ぎたとあらば、子どもにも素直に謝るという。一般社会や部外者から、チームや自身に抱かれがちな像や先入観までも理解しているようだ。
「百獣の王」も思わせる千代松監督。ノックの打球も眼光も鋭い
「新家はできひんことを強制的にず~っとさせているとか、『オラッ、いくぞ~!』とやらせているイメージかもしれない。でも正直、練習は緻密です。オラオラで勝てたらええけど、勝てないので細かく、細かく」
攻守走のいずれも死角なし。難関の全国舞台でも独り勝ち、とさえ言えた2023年の日本一は、成るべくして成ったのだ。成果を急がず、選手個々の所作や機微にも敏感で、丁寧に順を追っていく指導の説得力は、動画でも十分に伝わることだろう。至上の高みに達しても、鼻が伸びることもなく粛々とまた新たな頂へと歩を進めている。
「てっぺんから見下ろした景色はホントに素晴らしいものやったので、それをまた子どもたち、保護者のみなさんにも見せたい。そういうのもあるので、来年の夏も全国優勝を目指します」(同監督)
ボスに心酔する人々
2年生までに野球やチームスポーツの楽しさに気付かせ、4年生までに前向きな意欲を醸成する。そして5年生の秋からは千代松監督による総仕上げに入り、成功や成長の喜びを共有しながら6年夏の大勝負へ。
こういう段階的な育成とシステムが確立されたのは、2016年の全国スポーツ少年団軟式野球交流大会(全国スポ少交流)で初優勝を遂げる前あたりからだという。新家スターズはそこから全国区となり、夏の2大全国大会のいずれかに出場を続けている。
2016年に全国スポ交流で初優勝(写真)。19年に2度目の優勝を果たしている
創立は1979年。かつての千代松監督も実父が率いるチームでプレーした。活動拠点の泉南市立新家小学校は150年近くの歴史があり、シンボルとも言える巨大な楠が見下ろす校庭は現在、4年生以下のジュニアチームが週末に使用している。
そこから1kmほどの山の手。閑静な新興住宅地も見下ろす高台に専用グラウンドができたのは、2012年あたり。千代松監督が父親から指揮官を引き継いで間もないころだ。当時から指揮官を右腕として支える、OBの吉野谷幸太コーチ(事務局兼任)にとっても、著しく恵まれた今の練習環境は想像もできなかったという。
「昔はみんな手作りでしたからね。監督の家の倉庫で、夕方からティー打撃したのが平日練習のスタートでしたね。その後、荒れた田んぼの中に自分たちで単管パイプを組んでネットを張って鳥かごを建てて、中古のマシンを修理して持ち込んで練習するように…」
4年生以下のジュニアの活動拠点、新家小(下)はJR新家駅(上)から1.5㎞ほど
吉野谷コーチは、両親も新家の出身という生粋の地元っ子。新家スターズに入った長男が、千代松監督の長男と同級生だった縁から練習を手伝うように。そして長らく低学年の監督を務め、現在は全体を巡回・掌握しながら対外的にもチーム活動が円滑に回るように役目を負っている。
「自分の野球経験は小学生だけなんです」(同コーチ)
190㎝に迫る高身長で、中高ではバスケットボール部で活躍。今では1年生たちが、隙あらばその長い手足に絡みついてはキャッキャと笑っている。誰からも愛され、慕われ、託される。そういう人間性も見抜いていたのは、千代松監督だけではなかった。
3・4年生チームを率いる西口正人監督は、青森大までプレーした実力派。それでも育成指導においては、吉野谷コーチから多くを学んできたという。
「吉野谷さんは子どもの扱いがホンマにうまくて、特に小さい子に教えるのが上手で、感心することばかり」
西口監督も指導者になって10年を超えている。5年前に卒団した息子は現役の高球球児で、そのプレーを見るにつけて千代松監督に感謝と畏怖の念が沸いてくるという。
「守備でも走塁でも、一歩目の鋭さだけは息子が抜けているんです。小学生のうちに、数もこなして無意識にできるようになったことが財産になっている。そういう千代松監督の指導のマネはできんけど、5・6年生で仕上げやすいように選手を持っていくのが私の役目やと思うてます」(西口監督)
ジュニアの西口監督は指導歴11年。息子は5年前に卒団したが「どの選手も自分の子のような感じで、ヒット1本でもホンマにうれしい」
3・4年生の育成で千代松監督からリクエストされているのは「失敗を恐れない勇気」の醸成。そのためには、あまり詰め込み過ぎないことと、結果ではなく、やるべきこととその理由を明確にしてあげることだという。
日本一の環境となって
さて、日本一の環境とも言える現在の専用グラウンド。軟式球なら一般クラスの公式戦もできるほどの広さがある。また、5台の投球マシンが同時に稼働できる建屋が隣接しており、季節や天気を問わずに週3日間の平日練習を可能にしている。
これらの起点も、千代松監督の情熱と人となりにあるようだ。
新家小より山の手にある専用グラウンドの現在(上)。全天候型の堅牢な練習場(下)も併設
土地は兵庫県で事業を営む岸本亨社長(地主)から、無償提供されている。当初は大人の背丈も超えるほど伸び放題だった草木を刈って地面をならし、外周にネットを巡らせ、やがては照明ライトやプレハブ小屋を増設。これらをほぼ一手に引き受けて、コツコツと場を整えていったのが、近隣の中学のチームで副代表もしていた梛木均さん。
「そこまでやれた最大の理由はやはり、千代松監督がおったからやな。あれほど熱くて賢うて、教えるのも上手な人はようけおらん。チームがどんなに強うなっても、人が変わらんというのも魅力やと思います」(梛木さん)
兵庫の地主もおそらく、同様の評価をされているのだろう。泉南市は2019年9月に未曽有の台風被害に遭い、専用グラウンドは梛木さんの苦心の痕跡もわからぬほど、多くが壊されて流された。このときにも手を差し延べてくれたのが、地主の社長。現在の堅牢な建屋や照明設備も含め、すべてを無償で建て直してくれたのだという。
「今回は日本一のお祝いに、と芝刈りにも使える四輪車をいただきました。ホンマにありがたいですし、岸本社長にはお会いするたびに、人としても成長していけるような話も聞かせていただいています」(千代松監督)
近年は父親コーチも指揮官が正式に依頼。ノックも2カ所同時など、効率性もある練習をサポートしている
今夏の日本一。その最大の理由は「府内外のチーム・指導者たちとの交流や切磋琢磨」だと千代松監督は即答した。場数も圧倒的で、公式戦だけでも年間で100試合前後。練習試合を加えると150試合はくだらないという。
「勝ちを意識して一興懸命にやっていく中で、野球以外にも人としてわかることもたくさんある」(同監督)
ハイレベルな激戦区の大阪府にあって、上位までいきながら勝ち切れない時代も短くなかった。その壁を乗り越えられるようになったのは、実績のある指導者たちの元へと足を運び、戦いながら学習してそれを生かしてきたことが大きいという。
それは野球の戦術や指導法に限らず、組織のあり方や運営など多岐に及ぶ。昨今、目の敵にされている保護者の「お茶当番」という風習は元からない。だからといって、我こそが大正解なのだと世にアピールするわけでもなく、あらゆることに多様性を認めている。
「お茶当番できちんと成立しているチームがあれば、それはそれでええとボクは思うてます」
今回の取材に際しては、大事な『手の内』とも言える走塁の極意を公開してくれた。その理由のひとつには、あらゆる方面のあらゆる人々への感謝があるのだろう。いわば間接的な御礼だ。
「人と人とのつながり、出会い。それがあったからこその今回の全国制覇やと思うてます」
(左から)松下コーチ、千代松監督、吉野谷コーチ。スローガンの『人間力』が日本一の環境と今夏の全国制覇を招いたとも言える
全日本学童の王者は、「前年度優勝枠」での次年度出場が約束されている。もしかすると、機動力も今夏ほどには意のままに発揮できなくなるのかもしれない。だが、それも想定内といった風に指揮官はこう言って笑った。
「走塁だけやない。打って、守って、走って。やはり結局は、この3つを完璧にして整えらんと、そこ(優勝)には辿りつけないと思うてますから」
山本琥太郎(6年)は、エース格として日本一に大きく貢献した。捕手としてもハイレベルな右腕。新家スターズの一員として、勝つこと以外の喜びや良さを問うてみると、こういう答えだった。
「冷蔵庫にアイスがめっちゃあって、それを好きにいくらでも食べられるところ」
世代を代表するまでに野球の知識と技能は磨かれつつも、心は擦れていない。全国9000余のチームの頂点に輝いても、等身大のままでいる12歳。そういう存在こそが、新家スターズのアイデンティティを端的に物語っているのかもしれない。
【野球レベル】全国大会優勝クラス
【活動日】火~水曜夕方(高学年のみ)、土日祝日
【規模】全学年で50人程度
【組織構成】学童A・B(5、6年生)、ジュニアC・D(1~4年生)、専門の指導者6人※父母当番制なし
【創立】1979(昭和54)年
【活動拠点】大阪府泉南市
【役員】代表兼学童監督=千代松剛史/ジュニア監督=西口正人/事務局長兼ジュニアコーチ=吉野谷幸太/学童コーチ=松下広紀
【選手構成】計57人/6年生12人/5年生11人/4年生7人/3年生15人/2年生5人/1年生7人※2023年11月現在
【全日本学童大会出場3回】優勝=2023年/べスト4=2022年
【全国スポ少交流大会出場3回】優勝=2回(2015年、19年)
【主なOB】黒瀬健太(元ソフトバンク)